第6話 さよなら3Kこんにちは厄介事4

 ゴーン、ゴーン……。


 薄っすらと響く壮大な鐘の音にメリルは意識を取り戻し、辺りを見回してみた。

 3年程度ながら、ようやく住み慣れた我が家である事を確認する。

 どうやらうたた寝をしていたらしい。


 メリルは一つ伸びをして、椅子から立ち上がった。


 村の周囲を巡る風の流れに淀みはない。外を見やればもう夜も明けようとしていた。

 木々の隙間から覗き見るのは明けの空。


 アンデッドの活動時間は暮れから夜中。最も警戒を必要とする時間は過ぎている。

 結界に不備はないものの、それでも念には念を入れて置くにこしたことはない。


 白み始める空にメリルは肩の力を抜いた。


 その時だった。


 ピシリッ


 何かに亀裂が入る感覚を感じた。


 パキリ


 ひび割れたそこからボロボロと崩れ落ちる。


 咄嗟に虚空を見上げたメリルは言葉を失った。

 からからに干上がった喉から辛うじて言葉を絞り出す。


「結界が……、壊された」


 それが合図であるかのように、禍々しい気配が村を浸食する。

 風が、水が、黒く染まり、大地が軋みをあげる。


 メリルは咄嗟に杖を構え、気配の元を辿った。


 結界が壊された事は予想外であるが、幸い、村に残った人間はメリルのみ。

 家畜は全滅だろうが、日の光が差し始める中、それでも動けるような相手である。

 国はそれなりに保証してくれるだろう。


 いや、それより。


 メリルの背中を冷たいものが走る。

 どんどん迫って来る禍々しい気配にメリルは非常に嫌な予感を憶えた。


「これ、こっちに向かってきてない?」


 オルランドの都市へ向かうなら、確かにこの村を通過する事もあるだろう。しかし、この森は都市へ向かう道筋からは外れている。真っすぐ向かうならば、見当違いな方向だ。


 この森には確かに力があるが、アンデッドを惹きつけるようなものは決してない。

 むしろ、アンデッドにとっては忌み嫌い、避けるような場所だ。


(なぜ……)


 思考の海に沈みそうになった瞬間、森が悲鳴をあげた。


 害意、悪意の権化とも言えるような魔物を拒もうと試みて、それでも拒み切れずに木々が断末魔をあげる。


 そう大きな森ではない。禍々しい気配はもう、メリルの住処の目の前まで迫っていた。


 メリルは大きく息を吸い、吐き出す。

 都市の騎士や僧侶たちは門を固く閉ざし、来るべき脅威に備えて立てこもっている。

 村人の避難自体は完了している。警告を無視して残ったたった一人の為に助けにくるような酔狂な輩はいないだろう。


 なんせ、日が昇ってなお活動し、メリルの結界を破壊し、瞬く間に村一帯を浸食する程の魔物なのだ。聖騎士や僧侶が一人二人いたところでどうにかなる相手ではない。


 気配を辿るまでもなく、重々しい、ゆっくりとした足音に金属の擦れる歪な音。


 それがメリルの住む小屋の扉の前で止まる。


 メリルは目の前の扉が破られ、襲い掛かってくるであろう魔物を息を詰めて待ち構えた。




 米



 息を詰めて見守る中、正面の扉が破られる気配はない。

 件の魔物は小屋の前で動きを止めたまま、一向に動く気配を見せない。


 いったいどれほどの時間が経ったろうか。


「?」


 メリルは流石に訝しんだ。


 禍々しい気配は未だ扉越しに存在している。

 しかし、そこから微動だにする様子も感じられない。


 この小屋にも守りの魔法はかけているが、村自体にかけたものほど念入りに施したものではない。

 せいぜいが人間相手の不審者対策程度のものだ。

 戦闘職の人間あいてならびくともしないが、魔物にとっては歯牙にもかけないていどの脆いものだ。


 どういう事かと首を捻った時、


 ドンッ


 と、扉に衝撃が走り、震えた。


 咄嗟に杖を構え直す。突然の事に心臓が早鐘を打つ。


 ドンッ


 再び扉が衝撃に震えた。


 シン……。


 しばしの静寂が訪れた。


 魔物の気配は相変わらずそこから微動だにする気配はない。

 そして、しばらく経ったのち、再び動揺に扉が2度の衝撃を伝えて止まった。


(これは……、ひょっとして)


 メリルは一つの可能性に行き当たる。

 大変馬鹿馬鹿しい一つの思いつき。

 メリルが魔物の気配を察しているように、相手もメリルの存在を捉えている筈だ。

 なんせ、アンデッドは生者の気配には敏感だ。


 メリルはごくり、とひとつ喉を鳴らして口を開いた。


「ど……どなた……かしら?」


 再びの静寂。しかし、メリルは待った。


 キィ……


 金属の擦れる音。


(いや、違うな)


 メリルは己の耳が拾ったそれを否定する。


「ボウ……キャク……ノ……まジョ……のイエ」


 それは、複数の古びた金属をこすり合わせたような「声」だった。


「はあぁぁぁぁーーーーーーーー……」


 メリルは全身から力を抜いて、腹の底から息を吐きだし、杖を部屋の壁に立てかけてかんぬきを外して扉を開けた。


 そこには赤黒く、禍々しい瘴気に覆われたヒトガタの鎧が立っていた。









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