第5話 さよなら3Kこんにちは厄介事3
カーン、カーン、カーン……
鐘が鳴り響く。
森の奥、魔女の住処にまで強く響くそれは村にある、物見やぐらに釣られた鐘の音だ。普段は朝、昼、夕と一日三回鳴らされるそれは、普段の長閑な響きとは真逆の響きをもっていた。
どうやらただの噂話では済まなかったようだ。
メリルは安楽椅子に深く腰掛けながら、己の記憶から必要な情報を引っ張り出す。
非常に厄介な怪物だ。
中位、または上位
普通は死んで不死者になってもゾンビやスケルトン、幽霊程度のもので、そこそこ腕のいい僧侶がいれば十分対応できる。
しかし、彷徨う鎧の対処は難しい。上位や中位の不死者の格は生前の魂の格と自我や信念の強さといった意志の力で決まる。
それに加えて死因が厄介であればあるほど怨嗟の念は強い。しかも、そうなるのは大概が己の正義や忠義に生きた騎士や戦士というのが笑えない。
死して尚遺る信念は時を経る毎に生者への怨念と怨嗟に歪められ、己が何であったが、生前の未練が何であったかすらも忘れ、ただ理不尽な死を遂げた怒りと思い出せぬ現世への執着と共に彷徨い続けるのだ。
彷徨う鎧の強さは現世への執着度合と怨念の強さ、不死者として存在した時間において決まる事が殆どで、カテゴライズが難しい。中位から上位という表現はその為だ。
ここ最近、近隣諸国で大きな戦争があったという話は聞かない。
あったとしても国境での小競り合いがせいぜいだろうが、そう珍しいことでもない。
話題にのぼる程の大きな魔物との戦いや一騎打ちなんて話も聞かない。
せいぜいが30年前の竜討伐くらいだが、そこそこの死傷者は出たものの、名の知れた騎士が死んだという話もなかった筈だ。
「なら、政争に巻き込まれた、か」
メリルはぽつり、と呟いた。
コツコツ、という小さく窓を叩く音にメリルが顔を上げれば、一羽の鳩が窓辺に留まっていた。細い足には小さな筒が括りつけられている。
村長からの伝書鳩だ。ちょっとした伝言なら、歩くよりも断然早い。
立ち上がり、窓を開け、鳩を招くと筒の中からさらに小さく丸められた紙片を取り出す。それを開き、内容に目を走らせると深い深い溜息をひとつ吐いた。
「まじか……」
どうやら彷徨う鎧は真っすぐにオルランドへ向かっているらしい。
しかもこのままではこの村を通過することになるようだ。
先ほどの鐘の音は警戒の鐘ではなく、緊急避難の鐘の音だったようで、メモは鐘の音が鳴ったにも関らず、一向に森から出てこないメリルを心配して村長が飛ばしてくれたものだった。今頃村では避難の準備に忙しい事だろう。
メリルは新たな紙片を取り出し、こちらは勝手に逃げるので心配ない旨を書きつけると筒に詰め、鳩を窓から放った。
不死者という種はほぼ確実に生者を襲う。理性のないものは本能で、理性のあるものは不死者となった己が身を呪い、妬み嫉み憎しみを以て。
彼らは人間を襲うだけでなく、生ある命をも呪う。家畜は恐らく全滅だろう。
「余程憎い相手がオルランドに逃げ込んだかな?」
うん、とひとつ伸びをして立ち上がった。
「さてさて、久しぶりに魔女らしいことでもやりますか」
★
オルランドの首都からほど近い小さな村からは人の気配がなくなっていた。
全ての村人は首都への避難を終え、閉門には早い時間にも関わらず、門は固く閉ざされている。
その様を近くの丘から確認したメリルは身の丈程の木の杖を地面に叩きつけた。
カン、という小気味良い音と共にメリルを中心に風が巻き起こる。
「風よ、舞え。疾く奔れ、伝えよ」
カン、杖で地面を叩く。
「地よ廻れ、囲い、警戒せよ」
村の中心の土が隆起し、村の周囲をぐるりと囲む形で溝が出来上がる。
カン、
「水よ巡れ、不浄を拒め」
村の周囲にできた溝に水が湧き流れるのを見届けると、メリルは一つ息を吐いた。
「まあ、こんなものかな」
村の護りはちょっとやそっとで破られる事はない。あちらも目的地ならばいざ知らず、通り道に面倒な結界が張っている場所があれば避けて通ってくれるに違いない。
首都に関してはメリルの関与するところではない。
そもそも、こういう時の為の教会である。腕利きの僧侶や聖騎士の20人や30人くらいは用意している筈である。でなければ、何の為の喜捨かわからない。
「さて、帰りますか」
準備は万端に整った。不死者は光を嫌い闇を好む。
日が昇っている間は特に心配する事はないだろう。
万が一、何かあったとしても、首都からそう遠くない場所だ。どうとにでもなる。
それに、迷いの森は悪意や害意といったものをとても嫌う。
この時、メリルは気楽に考えていた。
ただの
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