第3話 さよなら3Kこんにちは厄介事

カルロッテの執務室に招かれたメリルは勧められるままソファーに腰を下ろした。

すると、メイドが紅茶とお菓子の載った小皿を彼女の前に並べ終えると丁寧に一礼して下がる。


メリルの恰好がぼろぼろだろうと小汚かろうと、主の客である以上、粗相は働かない。

紅茶とお菓子の香りに誘われて、ついついメリルの手が伸びる。

出された以上は口をつけなければ失礼にあたる。

メリルはその大義名分の元に紅茶とお菓子を交互にゆっくりと口に運び、その香りと味を存分に楽しんだ。


「待たせたね、メリル」


そう言ってメリルの正面に座ったカルロッテはテーブルに用意したものを順に並べる。白紙の羊皮紙と赤いインクとペン、それと貨幣の詰まった袋。

それを確認したメリルも紅茶とお菓子を脇にどけ、ポケットから魔道具をひとつとメモを取り出して置く。続けて前を留めていたボタンを三つ外し、なるべる奴隷印だけ見えるようにくつろげる。

カルロッテは奴隷印の色と数字を見て顔を眉をしかめた。メリルの置いたメモを手に取り、内容に目を走らせ、再度奴隷印を確認し、おおきな溜息を吐いた。


「よくぞ無事だったな、メリル」

「まあ、毎度の事ですから。といっても、今回は今まで受けた仕事の総まとめでしたね、念のためにいくつかの術式も奴隷印に組み込んで貰っていたのは正解でした」

「……だろうね」


メリルが苦笑すれば、カルロッテがメモを指先でもてあそびながら深く息を吐いた。

奴隷紋とは、一般的に紋を刻まれた人間の行動を制限する術式が組み込まれている。

その応用で特殊な仕事や奴隷に必要と判断された場合、奴隷商と借り主と合意の元、術式を奴隷に貸し与えるのだ。今回、メリルが自信を含めた4人分の荷物を背負う事ができたのも、『剛力』の術式があったからこそできた事。もっとも、メリルの仕事上、借り主には内密で非常時に役立つ術式がいくつか組み込まれていた。


オルランドは商人の国と言われるだけあり、様々な品の売買や取引が行われる。

表立ってできない取引や売買もそれに含まれる。

カルロッテは奴隷商という仕事柄、商品として犯罪者や債務者を扱う事も多い。

中には奴隷の引き取りを直接、又は間接的に行う事もある。


今回ギルドからきた細工のある紹介状は赤紙と言われるもので、後ろ暗い事を冒険者が持たされるものだ。本人には知らされず、表向きは依頼として、実際は商品価値の査定と買い取りだ。奴隷として有用か否か、使い勝手や当人の資質を見極めた上で買い取るかどうかを決定する。奴隷商が不要と判断すれば、奴隷商の査定内容に従った金額を基準にそれを欲しがるしかるべき組織なり人手なりに売り渡される。


「ギルド側としては、騎士団に引き渡して取り調べが済めばそのまま犯罪奴隷として売りたいと言われている。

で、ここから先は君の意見をききたい。勿論、納得いくものであれば報酬も上乗せする。今回の件に関してどう見るね?」


まるで明日の天気の話でもするようにカルロッテはメリルに訊ねた。


「そうですね、買い取るのは止めたほうがいいです。あと、処分も。取り調べる側が困るんじゃないかな」

「因みに確認だが、生きているのかい?」

「はい、生きてますよ。には生け捕りをお願いしましたから。今頃はゴブリンの生簀の中でしょうが、ギルドで持て余す程度には腕もあるようですし、上手く逃げおおせたなら近日中にはここに戻って来ると思います」

「そうか」

「話を戻しますが、今回黒幕は抑えたって言ってましたけど、多分、一つか二つ上に大元がいますよね?大元はトカゲの尻尾切り済ませて様子見してるんじゃないですか?」

「ふむ、私はそこまでの情報を持ってはいないので何とも言えないが、何か根拠があるのかい?」

「今回請け負ったあの連中ですけど、随分と余裕なんですよ。それに自重する気が全くない」

「それは上が捕まったって事を知らないからじゃないのかい?」


うーん、とメリルは少しだけ唸る。


「あの連中は、好き放題にやってますが、用心深く、執念深いです」


その証拠にメリルに寝ず番を言い渡した割に自分達の荷物には結界が張られていた。悪意や害意を持つ者から守るためのものだった。逆にそれさえ持たなければ素通りできる代物ではあったが。


「あの手の連中は空気が変われば何かしら気づくし、注意深くもなります。おそらく、今回の依頼に関しても本物の依頼かどうかオルランドで一応の下調べはしたんじゃないでしょうか。まあ、性格上の粗はあるでしょうけど」


時折、道案内役のメリルより前に出て歩く時もあった。メリルの示す道とは違ったが、見当違いな方角へ進む事もなかった。それでも奴隷商でメリルを借り受けたのはギルドの指示に今逆らう事は良くないと判断したからだろう。


「それに———」


メリルは上着の裾を捲り、わき腹の焼き印を見せる。

カルロッテとその秘書の表情が厳しいものに変わる。


「これは、呪いか?」

「そんなところです。効果としては術者には私の位置を把握する事ができます」

「彼らの所有奴隷でもないのにか」


普段温和な彼がこれほど怒りを露わにするのも珍しい。

無理もない。契約奴隷は奴隷と呼ばれていても奴隷ではない。奴隷商にとっては大事な契約相手であり、顧客である。それがただの道案内だけで呪い持ちきずものにされたのだ。それはオルランドの中心に店を構えるカルロッテの顔に泥を塗ったに等しい。


メリルは心の中でそっと手を合わせる。

カルロッテの怒りを買ったのだ。ただでは済むまい。



§



カルロッテが秘書に指示を出し、落ち着いた頃合いに話を続ける。


「おそらく、繋がりのあった人間に不味い事が起こっても多少の注意を払う程度の余裕があるという事は」

「もっと上、もしくは別にパイプを持っている、という事か」

「そういう事です。私が見た限り、ほぼまちがいないかと」


言葉を切って温くなったっ紅茶で喉を潤す。


「だから、まだ捕まってない別の黒幕からすれば、情報を持ってる彼らが捕まるのは都合がわるいんです。なまじ、腕が立つ上にそういった事に頭の回る連中なので、下手に処分しようと動こものなら大ごとにもなりかねない」


「で、結論としては?」


「騎士団に引き渡す。彼らの権利の全てもまとめて。もし、売りたいと言われたなら、他所へあたってもらうのが無難かと」


「では、その通りに」


あっさりとした回答にメリルはカルロッテを見た。


「いいんですか?」

「今まで君の意見に助けられた事がどれだけあると思ってるんだい、逆に君の意見を聞き入れず、大損したこともあった」


これまでの事を思い返してみた。色々とお世話になっていたので、たまに一言アドバイスを残す事もあったが、店の進退に影響するような事はあっただろうか、と首を捻る。。


「それに、彼らの身柄は君が今押さえているんだろ?」

「いえ、私ではなくゴブリンが」


厳密に言えば、彼らの主だが、今のところ逃げられたという報告は入ってきていないので大丈夫な筈だ。


「よろしい。では清算だ」


そう言ってカルロッテは秘書に合図を送り、貨幣の詰まった袋をもう一つ置いた。

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