第2話 3Kってわりとざらにある2
その手には一枚の紹介状。
彼らが奴隷商に渡したギルドからの紹介状だ。
メリルはポケットから拳で握り込める程度の小さな棒状の魔道具を取り出し、わずかな突起を押し込むと棒の先端が光りだす。紹介状の裏から表面の文字に添って光を滑らせれば、赤い、別の文字が浮かび上がる。
彼らが活動拠点にしていた国での問題行動と隠蔽、抹消されたと思われる悪事の数々。弱い者いじめから始まり、依頼の達成報酬の上乗せ請求、貸出奴隷の使い捨て、脅迫に恐喝、他者の達成した依頼の横取り。
これだけの事をしながら今までやってこれたのは、裏にギルドの権力者がついていたようだ。
「それも彼らが拠点としていた国の騎士団とギルド上層部の共同調査が入り、お縄となったと」
メリルはふむふむと朱書きの文面に目を走らせる。
「そして問題行動の多い冒険者だけが残ったものの、彼らとの繋がりを示す手がかりは出て来ず、やむなくこちらに回された、か」
テントから聞こえる声はかなり大きく、もはやこちらを気に掛ける気はないようだでもあった。
それはそうだ、彼らはメリルを生かす気はないのだから。
メリルは首元を引っ張り、中を覗き込み、己の心臓の箇所に魔道具の光をあてる。
そこに奴隷紋と一緒に数字が現れる。
「ふむ」
その数字を確認し、メリルは宙に視線を彷徨わせながら、彼らとの行動を振り返る。
「契約外行動の強制と暴行、契約奴隷の身の保障の放棄、契約時間外の労働に、所定の休憩時間もなし、食事は最低限の水とカビの生えたパンをひとかけら、規定職外の
指折り数え、浮かんだ数字に間違いないかを確認する。
そして次に口を開こうとしてメリルの口はピタリと止まる。
心臓の更に下、わき腹についた焼き印に顔を顰める。
それは魔法使いの女がメリルにつけた目印だ。
今気づかれるのも厄介なので、奴隷紋への干渉は後回しにする事に決めると静かに立ち上がり、荷物置き場にした場所へと向かう。
そこに立てかけてある、二つの武器。男の長剣と魔法使いの女の杖だ。元々テントは武器を持った人間を想定した二人用のテントだ。
「そこに男一人と女二人が入ったなら、自然とこうなるわよね」
斥候の女の武器は短剣で取り回しも良い。何かあった場合にも対応できることからテントに持ち込んだのだろう。魔法使いもある程度熟達すれば杖がなくてもある程度戦える。斥候もいるのだ。襲撃にあっても咄嗟に魔法で牽制し、杖を取ってからでも十分なのだろう。
「さてと」
メリルは予め拾っておいた先端の尖った石を手に長剣の柄と杖の先端にはめ込まれている石を見る。
魔力石と呼ばれるそれらは人の持つ魔力の増幅や強化、魔法の触媒にもなる優れものだ。
普通の武器よりも威力が上がる。場合によっては身体的なステータスにも影響を及ぼすものもある。
ガラスや宝石のようにも見えるそれは用途の規則性に添って研磨、整形される。特に戦闘向けのものは割れや欠けがなるべく起きないように
「にひっ」
それでもメリルは大変良い笑顔で石を魔力石へと軽く打ち付けた。
§
ギャー、ギャー、ギャー……
鳥の声がやけに騒がしい。耳障りな鳥の声と妙な胸騒ぎに斥候の女は目を覚まし、違和感に飛び起きた。ついで未だ気持ちよさそうに眠っている二人を急いで起こす。
「なんだよ、まだ日も昇ってねーなねーか……」
「こんな夜中にどうしたのぉ?」
「いいから、二人とも、服を着て。何かいる」
瞬間、二人の顔つきが鋭いものになる。
「囲まれてる」
「くそっ!あの奴隷は何やってんだ」
「姿は見えない。逃げたか、捕まったか」
途端に男の顔が緩んだ。
「だったら、コイツは俺たちのせいじゃないよな」
「そうねぇ」
「で、数は?」
「2、30はいるかしら。ほぼ間違いなくゴブリン」
「楽勝だな」
男達は不敵な笑みを浮かべた。
たかがゴブリンだ、武器は変わらず荷物を置いた場所に立てかけられたままだ。
万が一を考えて、荷物周辺にだけは結果を張っておいたのは正解だったようだ。奴隷を甚振って遊ぶ事は残念ながらできなかったが、致し方ない事だろう。
奴隷の不慮の事故の損失に関して、その責は借り主に問われない。
テントの中から外の様子を伺いながら、お互いアイコンタクトで意志の疎通を図る。決して弱いパーティーではないが故に彼らはこうして今も生きている。
そして、魔法使いの放った閃光を合図に三人はテントを飛び出した。
§
オルランド商業国の首都、パオラ。商業の中心地とも言われるその都はあらゆる人種が混じり、活気にあふれていた。その中でも商業区の中心地の一角に立つカルレッテ奴隷商会の通用口から元気な少女の声が響いた。
「ただいまー」
メリルの声に男が慌てて飛び出してきた。
「メリル、無事だったか」
「ただいま、カルロッテさん」
メリルの清々しい笑顔に今回も無事に終わった事を確認し、安堵の息を吐いた。
「で、首尾は?」
「上々!」
カルロッテの問いに親指を立てて見せ、出発前に持たされた紹介状を手渡した。
「今頃大変なんじゃないかな?」
§
「くっそ、どうなってやがる!」
「知らないわよ!!」
男はゴブリンの攻撃を躱し、首を刎ね叫び、魔法使いが火の玉を別のゴブリンにぶつける。斥候のナイフが男の背後から襲い掛かったゴブリンに刺さる。
ゴブリンの駆除は順調だった。周囲を囲まれた状況で閃光の魔法を放ち、相手の目が眩んでいる隙にそれぞれの武器を握り、そこから彼らの一方的な蹂躙が始まる筈だった。
いくら切ってもゴブリンの数が減る様子はなく、疲労と共に追い詰められていく。
男は手に持つ剣を睨んだ。剣の柄にある筈のものがない。そこにあった赤く輝く紅玉は、ゴブリンによって砕かれた。
そして男の背後に立つ女の持つ杖の先端にあった手のひら大の魔力石もまた、亀裂が入り、今なおボロボロと欠片が零れ落ちる。
武器の手入れとメンテナンスは万全の筈だった。上位の竜種ならともかく、たかがゴブリンの武器ごときで割れる筈がないのだ。
その時、男の脳裏にギルドで依頼を受けた時の情景が思い出された。
少し特殊なゴブリンの討伐。
職員は確かにそう言った。アレが、魔力石を壊す特殊な何かを持った種という意味であったなら、と。
「くっそ!だったら始めからきっちり説明しやがれ!!」
悪態をつきながら、正面のゴブリンを八つ当たりのように叩き切り、返す剣で背後から襲ってきた一匹を切りあげる。
「おいっ!お前ら、もっとしっかり……」
男の声が不意に途切れた。
見渡す限り視界に入るのはゴブリンのみ。
彼以外の人間の姿が何処にもない。いや、いた。遥か先に口をふさがれ、拘束されて引きずられていく魔法使いの姿。そして、見覚えのある短剣を掲げてはしゃいでいるのは、ゴブリンだ。
それに気を取られた一瞬、後頭部に鈍い衝撃が走り、男の意識は闇へと沈んだ。
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