呪われ騎士と救いの魔女(仮)

かずほ

第1話 3Kってわりとざらにある

 鬱蒼と茂る森の中、比較的通りやすい獣道を進む一行があった。


「おい!はやくしろよ、このノロマ!」

「はい……、ただいま」


 長剣を腰に差した青年の怒鳴り声にげんなりしながら少女は疲れを滲ませながらも平坦な声で答えた。


「まったく、あんたがこの森に詳しいっていうからわざわざ高い金払って借りてきたっていうのに、あんたの主人にクレーム入れてもいいのよ」

「……もうしわけありません」


 気だるげに声をあげた杖をもった女にやはり平坦な声でこたえた。


「そもそも、こんなチビっこがついてくる事自体が想定外よねー」

「……」


 斥候役なのだろう、猫耳の少女がからりと声をあげる。しかし、その眼はおもちゃを甚振ろうとする猫のそれだ。

 少女は口を閉ざした。こういった手合いには何を言ったところで挙げ足をとりにくる。


 (まったく勘弁してもらいたいものだわ)


 自分で選んだ仕事である。わかっていてもつい心の中で零れた言葉を胸の奥に押し込める。


「おい、!さっさと案内しろ!」

「はい、ただいま」


 変わらぬ平坦さで答え、少女、メリルは4の荷物を背負い直し、ガクガクと震える細い足を一歩踏み出した。



 §


 メリルは奴隷である。

 奴隷といっても様々ある。

 大きく分ければ犯罪奴隷、借金奴隷、契約奴隷の3つに分けられる。


 犯罪奴隷は文字通り罪を犯し、奴隷に堕とされた者たちだ。重労働や劣悪な環境用の使い潰しとしての用途が多い。借金奴隷は背負った債務が払いきれず、その身を売った、もしくは売られた者たちだ。様々な債務を背負った借金奴隷も場合にもよるが多額の債務を背負った者達がほとんどなので、似たようなものだ。ただしこちらは債務さえ返せば自由の身となる。


 そして契約奴隷。これは少し特殊で職に困った人間が主に奴隷商へと自分を売り込みにいく。他国から来たものや身よりのないもの、他の職に就きたくても実績がないものがなる。通常の雇用よりも賃金は安く、扱いも軽いが実績が詰める。奴隷契約の年季が明ければ通常と変わらぬ扱いになるし、雇用主と良い関係が築く事ができれば長期雇用に繋がる事も珍しくない。実績を積めば、奴隷のままでも扱いがぐっと変わる。

 だから、犯罪奴隷や借金奴隷を蔑む者はいても契約奴隷を蔑む者はほとんどいない。実力のある者の中には契約奴隷から成りあがった者も少なからず存在するからだ。


 この、オルランド商業国では。という注釈が付く。


 オルランドでは奴隷制度は公認のものである。

 ただし、奴隷の種類と扱いに関しては厳しく取り決めが為されている。

 犯罪奴隷や借金奴隷の売買は許されているが、契約奴隷は奴隷商からの「貸出」のみと決められている。奴隷商から借りた者は奴隷商に手数料を払い、決められた期間、決められた範囲で奴隷を扱う。不当に扱った場合は違約金が発生する。そして期間が過ぎれば契約奴隷は奴隷商に返却される。顧客が気に入り、奴隷側の了承が得られれば、再度貸出は可能となる。


 様々な環境で経験を積んだ契約奴隷は実力に応じて値段も吊り上がる。

 だから奴隷商も大事にするし、借りる側もいずれ正式に雇用するかもしれない者に不当な扱いはしない。


 もう一度言うが、あくまでもこの、オルランド商業国では。だ。


 そして、メリルはオルランド商業国首都のもっとも信用のある奴隷商の契約奴隷であり、彼らに貸し出された目的は道案内であり、その中には荷物持ちは含まれていない。


「おい、奴隷!さっさと寝床と食事の用意をしろ!」

「……はい、ただいま」


 そして当然のように命じているが、寝床の準備も飯炊きも含まれていない。


 彼らは流れの冒険者だ。おそらくオルランドは初めてなのだろう。


 オルランドの近隣諸国にもじわじわと広まりつつある契約奴隷制度だが、それを知らぬ者も多い。そういった者には奴隷商人が懇切丁寧に説明する。

 奴隷商は契約奴隷の身の保障も請け負っている。それはしっかりと国の法律で定められていることでもある。しかし、彼らは明らかにそれを軽く受け流し、奴隷を寄越せと始終横柄な態度だった。明らかに信用に足る相手ではないが、冒険者ギルドからの紹介状もあり、彼らが指定する森に詳しいメリルが呼び出されることになった。


 荷物持ちや身の周りの世話が必要であれば、追加料金を払うなり、それ専用の奴隷を雇うなり買うなりする必要がある。しかし、今回の彼らのようにそれをせず、安く上げようとする輩も多い。

 契約が終了し、奴隷の返還となった場合、借り主と奴隷それぞれに契約内容に相違がなかったのかの確認が行われる。

 その確認が問題なくとれれば実際のところ、何があっても両者合意の元となり、違約金も罰則も発生しない。


 なので、


「おい、奴隷、わかってるんだろうな、お前を返す時に妙な事を言ってみろ、お前が何処にいても処分しに行ってやるからな」

「できないとか思わないでねぇ、あなたにはちゃあんと目印付けてるんだから」

「どんだけあそこの警備が厳重でも、アタシだったら簡単に忍び込めるし」

「かしこまりました」


 まあ、こういうトラブルもあったりする。


 メリルはニヤニヤと嫌な笑いを浮かべる3人組と目を合わさずにもくもくとテントを張り、火をおこし、食事の準備を進める。


 そうして夜に入り、寝ず番に立たされたメリルはテントから距離をとり、じっと周囲の様子を伺う風を装いながら、離れた場所に設置したテントに意識だけを向けた。


『ねえ、あの子、返却なんてせずに目的地に放り込んだらどうかしら』

『ちょっと厄介なゴブリンの巣だっけ、帰り道は私が覚えてるんだし、いいんじゃない?』

『いや、待て、契約内容はあくまでも安全地帯どまりの道案内だ。それにゴブリン相手だと逃げ帰ってくる可能性もあるし、アイツはこの森に詳しい。それよりも、だ。アイツをゴブリンの巣に放り込んで十分恐怖を植え付けてから引き戻した方がアイツの口も固くなるんじゃないか』

『あら、いいわねぇ、条件は見た目に大きな怪我さえなければいいワケだしぃ、ちょっと痛い目見せたあとは私が回復してあげる』

『まぁ、それでもいいけど……奴隷の癖に生意気なのよね。だから、めいっぱい怖がらせて、痛い目見せて、自分が奴隷だって事、改めて思い知らせてやったらいいと思う』


 そういった話し合いの声が徐々に静まっていき、それががだんだんと艶を増した大きな喘ぎ声に変わっていくのを確認し、呆れた溜息を吐きながら、改めて外側へと意識を向け、メリルはうんざりした声をあげた。


「なるほどね」













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