日常の②-2『セカオワ直前!?』

 昼休みの食堂は、あまりにも学生が多かった。バイキング形式だから、向こうにある料理の山から玄関先まで、二列になってたくさんの人が並んでいる。こんな行列を作ってまで食事を摂る気になれなかった俺たちは、比較的すいていた隣の購買でパンと飲み物を買って、食堂の席に座った。


 俺の隣に花束さん。向かいにアヲちゃん。


「で、アヲちゃん?私に相談したいことってなーに?」


 俺は何も聞いていなかったが、アヲちゃんは花束さんに何か相談があったようだ。喧騒の中でもよく通る美声で、首をかしげた。


 アヲちゃんは花束さんの声に委縮してしまったように小さくなった。メガネの奥で気持ちを奮い立たせるように、ぎゅっと長いまつ毛の目をつぶり、開く。少し細めの頬に、力がこもった。


「あの、と、友達に……、有名、な、ハイシンシャがいて……」


 ハイシンシャ、と聞こえて、単語を理解するのに時間がかかった。背信者?いや、配信者か。


 ここ最近、ネットの動画配信サイトに動画をアップロードして、その動画に付けた広告の広告料で稼ぐ職業が、話題になっている。

 海外の大手動画共有サイトが『Hais into』というサイトだったこともあり、その職業を配信者、と日本では呼ぶようになった。

 彼女が言っているのは、それのことだろう。俺もいくつか、そんな動画を見たことがある。


「せ、『戦国時代』って……、知って、る?」


「知らないわね」

「マジ!?すっごい知ってる!」


 花束さんの答えを他所に、俺は思わずテンションが上がってしまった。


 配信グループ『戦国時代』と言えば、日本屈指のチャンネル登録者数を誇る、おふざけ、ドッキリ、ゲーム実況、歴史解説、世界情勢、ゲスト対談から受験講座まで何でもござれの、海外にまでファンがいる日本動画配信会のスターだ。


 俺は特にゲーム実況で再生数を稼いでいることが多い、男性実況者のノブナガと女性実況者のミツヒデの動画をよく見ていた。ゲーム実況の時だけは、二人はござる口調で話す。


 特に二人でゲーム実況する時は秀逸で、偉そうにしている口が達者なノブナガを、プロ級にゲームが上手なミツヒデがコテンパンにする、というのがいつものオチだった。


 急にミツヒデがノブナガを圧倒する場面は、俗に言う、と言ってもファンの中で叫ばれているだけなのだが、本能寺の変、という動画の大事な転換点である。


 だが……


「ああ、その名前なら聞いたことある。たしかメンバーの誰か、こないだ亡くなったわよね?」


「……っ!……そ、そう、なの!」


 そう。数日前だろうか。

 俺もニュースで見ただけなので詳しくは知らない。


 『戦国時代』のメンバーの一人で、ヒデヨシと名乗っていた男性配信者が、生配信中に拉致され、住んでいたマンションの屋上で、死体で発見されるという事件が起こった。


 犯人はまだ捕まっておらず、毎日更新をスローガンにしていた『戦国時代』の活動も休止中だ。


「じゃあ、君の『戦国時代』の友達って……、亡くなったヒデヨシ!?」


「……と、徳ちゃ……、あ、……い、イエ、ヤス……」


「イエヤス!?マジで?『戦国時代』唯一の顔出ししてる美人配信者で、お化粧動画とか、ロールプレイング系ゲームの実況してる女の子!?」


 俺は驚きを隠せない。有名実況者の友達なんて、そんな普通じゃないことあるだろうか。羨ましい。


「……うん。ゆ、由利本荘、くん、……く、詳しい、ね?」


「ユーリでいいよ。俺もアヲちゃんって呼ぶからさ」


 瞬間。


「なんでよ?」


「え……?」


 圧倒的な気配の発散を俺は隣から感じた。


 ミハルに聞いたが、これは強い魔力で間違いないらしい。

 花束さんは、感情が昂ると、魔力が高まる。

 俺は可視化する術を持たないので視えないが、一般人同様に感じることはできる。言葉にするなら、存在感が増すような感じ。


 どのくらい普段の花束さんと違うか、と言ったら、そうだな。

 それこそ、竜の大きな口で飲み込まれそうな緊張感、かな。


 そんな強烈な圧迫感を、彼女はたまに与えてくる。俺が他の女の子を可愛いな、と思ったり、ついそれを口に出したりした時とか、必要以上に馴れ馴れしくした時とか。


 視ることができるミハルやライガにとっては、それはそれは、身体が縮み上がるほどの魔力なのだそうだ。


「なんで、いつまで経っても私のことは花ちゃんって呼んでくれないのに、アヲちゃんのことはあっさりアヲちゃんって呼ぶのよ?」


 慣れとは恐ろしいもので、


「いいじゃん。いまさら花束さんの呼び方なんか。それより『戦国時代』の……」


 勢い。テンションが上がっていた俺は、今は竜神よりも配信者について聞きたかったのだ。

 それがいけなかった。


「なんか?……へえ、いい度胸じゃない。ユーリ君。私、あっちでは怒ったことなんか滅多になかったのだけど、今のはかなりキたわ。そうねえ、この辺一帯なら、多少の犠牲は仕方ないと思えるくらい」


 マズった。これはマズい。どのくらいマズいかというと、この街の爆心地が彼女になりそうなくらいマズい。

 今日はミハルもライガも家で留守番だった。竜神様を止められる奴がいない。


 まあ、いても止められないのだけれど。


 そんな愚かなことはしないとは思っているが、俺にしか見えないであろう死角、彼女の掌で空間が歪んでいる。

 魔力を集束させてるに違いない。


 どうしよう。いや、すぐに謝ろう。それに限る。


「花ちゃん、……こ、こわいよ」


 怒れる竜神が、怯えるアヲちゃんに目を向けると、急に手の中の怒気が消えた。


「ごめんなさいね、アヲちゃん。私は愛しの君に、口の聞き方というものを教授しなくてはならないかと思ったんだけど……、やめておくことにすることにしたわ」


 もうちょっと怒ったら俺は、花ちゃん、と竜神に言っていたかもしれない。

 でも。

 花ちゃん、と口にするのは、いくら催促されても、何だかどうしても気恥ずかしい俺なのであった。


 あとでちゃんと謝ったけど。

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