日常の②-3『今回の事件』

 動画配信グループ『戦国時代』のメンバーの一人、ヒデヨシこと豊臣秀作はその日、生配信を行っていた。

 生配信、とは動画の生放送のことで、編集した動画をアップロードする配信とは異なり無編集で行われるのだが、ノータイムで視聴者のダイレクトな感想がコメント欄に書き込まれたり、「hais into」のsの部分を表すシャイン・チャットと呼ばれる、視聴者がダイレクトに生放送配信者に対して金銭を渡せるシステムもあり、各配信者がこぞって生放送を積極的に行っている。


「っしゃあー!『戦国時代』のヒデヨシ、ですっ!今日もよろしGO!ごめんねー、いきなりうるさくて。声どう?……あ、シャインチャットありがとっ!……大丈夫みたいだね、声。じゃあ、今日はね。この間観た映画、星間戦争第九話について、話していきたいと思うんですがあ!……みんなもう見た?俺はねー、見えるコレ?一瞬ね。はいっ!……そう。パンフレットまで買っちゃったよ……」


 パソコンに繋がれたカメラを前に、イヤホンマイクを装着し胡坐をかいた男が話し始めると、パソコンの画面にはその様子が放送された。


 ヒデヨシ、と名乗った男は化粧はしているようだがマスクをしており、顔はすべては分からない。髪の毛はピンクに染まっており、マスク以外の部分、目はくっきりと大きく、鼻の上部や顎のラインは整っているように見える。

 そんな彼が、所狭しと画面の中で動き回っていた。


「やっばいよね?観た人が多いみたいだけど、まだ観てない人もいるからネタバレはダメね?ドントスポイラーね?……でさ、面白かった?あ、シャイチャさんくす!……わーかってるって!ドントスポイルね。わざとだってわざと。いいじゃんか英語間違ったってさあ!俺は日本じ……、っていうか俺って戦国武将だかんね?英語なんて分かるわけねーからっ!だからスターウォー…じゃない、星間戦争って言ってんじゃんか。え?なに?ネズミが怖い?……まあ、そうだよね。ディズに……、じゃない、ネズミ怖いよね。いくら天下人だって言ってもさあ、世界を牛耳ってる映画会社には睨まれたくはねえよ。天下人とはいえさ」


 どこからか出したのか、天下統一、と墨で書かれた扇子を、彼は音をたてて開いた。コメント欄のチャットが賑わう。

 自身を扇ぎながら、ヒデヨシは口を大きく開いた。


「って、誰がそんな大人の配慮に興味があるんだよっ!映画の内容だよ、内容。今回の生放送は、そんなに長くやるつもりはないからね。一、二時間ってくらいだと思う。夜の十一時くらいまでかなー。だから、みんなの映画の感想に、限られた時間の中で受け答えし続けていけたらと思ってるよ。……まあ、正直さ、るうかすさんがネズミに身売りしたから、今回みたいなことになっちゃったとは思ってるけどね」


 画面の動きを意識してか、明らかに大袈裟にうつむくヒデヨシ。顔を上げると同時に、その手で顔のようなものが描かれたA4用紙を持ち上げる。


「じゃあまず、ここに俺が描いた主人公の女の子の似顔絵があるじゃん?……ちょっと待って。上からチャット読むね。似てない、似てない、ひどい、さすが画伯、きもい、誰?……。似てないのは、分かってるよっ!でも著作権とか怖いだろっ!まあ、この人のことは後半ね。この人が実はあの人と繋がりがあって……、みたいな重大なネタバレをしない自信がないから、まだ観てない人は観てから、動画になったやつ、なんて言ったっけな。……そう見逃し配信を見てねっ!」


 彼は紙を画面外に下ろす。そしてもう一度、他のA4用紙を画面に出した。


「じゃあ、レイは文字通り置いといて、次の似顔絵ね。……この人!悪役筆頭で、ハリソン・フォードとレイアの息子のこの人ね。ふふっ…、お前らっ!お前らいい加減にしろぉ!きしょい、とか、前衛的、とかよお。ダリみたいって、誰だよ、ダリって。ピカソの友達かなんかか?あのなあ、俺の絵に文句を言うなら、今回の映画に対してデモでも起こせよ、マジで。前作のルークもそうだったけどよお。なんなんだよ、あの展開!フォースを何だと思ってんだよ!?」


 彼が叫んだその時だった。ボリュームを最大にしていないと分からないような小さな音が、配信の中に響く。

 来客を知らせる、チャイムのような音。


「あー、ちょっと待って、誰か来た。口が悪かったかなあ。……事務所の人かも。生配信なのにゴメンね。生配信あるあるということで許して。……すぐ戻るから、チャンネルはそのままねっ!」


 立ち上がり、一度画面外に掃けるヒデヨシ。しかし思い出したように、すぐに戻って来た。

 立ったまま腰を曲げて、画面内にカメラ目線で顔を出す。


「あと、サルバドール・ドメネク・ファリプ・ジャシン・ダリ・イ・ドメネクは知ってる。ヒゲの人でしょ?噛まないで言えた俺、すごくない?」


 そう言い残して。

 彼は二度と戻って来なかった。

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