第二話『異世界人と動画配信』

日常の②-1『あをちゃん』

「どぉーもぉーッ!ノブナガ!」


「ヒデヨシ!」


「イエヤス!」


「ミツヒデ!」


「戦国時代っ!でーす!!拍手ー!」


 急に講義室にそんな大声が響いたものだから、俺は驚いて飛び上がりキョロキョロしてしまう。他の学生もそのようだった。


「わ……、え?あ、ん?…………えっ?」


 音の出どころはなんと背後の席だった。

 眼鏡をかけた地味そうな女の子が、慌てた様子でスマホを操作している。突然のことに、しどろもどろになってしまったようで、一回スマホを落としたのを俺は見逃さなかった。いやいや、慌てすぎだろ。


「えー?……え?……んー…………」


 見かねた様子で俺の隣に座っていた竜神、天童花束さんが後ろを向いて手を伸ばし、スマホを操作する。


「なんと今回はね、えー、このゲームが出た時はみんな歳はいくつだったでしょうか?……そう!今日は四人で初代の大乱闘スマッ……」


 動画サイトが閉じられたのか、音がプツリと途切れた。花束さんがスマホを黒髪ショートのメガネ女子に返す。


「アヲちゃん、気をつけなさい」


「は、花、ちゃん……。あ、あり、がと……」


 お礼の後半は微かな唇の動きだけで、俺にはほぼ聞き取れなかった。

 どうやら二人は知り合いのようだ。


 しかし、何よりもすごいのは壇上で講義を続けている教授だ。


 数学基本体系、という講義の、理学部だか工学部から来てくれてる先生なのだが、この騒動の中で講義を中断することもなく、ずっとマイク越しに俺たちに話し続けている。


 板書には大きく、1+1、と講義のはじめに書かれただけ。


 1+1で九十分しゃべり続けられる人は、日本にどれくらいいるのだろうか。


 そしてきっと、授業開始時の彼の神経質そうな話し方から察するに、彼は講義時間の九十分をきっちり寸分の狂いもなく守るつもりだろう。

 だから、普通だったら講義を中断してリアクションを取るべきこの珍事に対して、無関心であるに違いない。


 もしくは、学生に対して無関心なだけかもしれないが。


「こないだ、友達になったのよ。アヲちゃん」


 聞いてもいないのに、隣から耳触りの良い呟き。花束さんがノートから目線を離さずに、俺に話しかけてきた。


「この講義が終わったら、一緒にお昼ご飯を食べましょう?……アヲちゃんは男の人が苦手なんだけどね」


「え?それって俺がいて大丈夫なの?」


 背後を振り返る。アヲちゃん、と呼ばれた地味な女学生は、顔を赤くして俯いている。


「正直、大丈夫だと確信しているわ。彼女は顔の整った男性や、屈強な男性が苦手なのよ」


「へえー……」


 三点リーダの最後の方で、花束さんの誹りがようやく俺の頭で理解される。

 メガネっ子から、ゆっくりと視線を隣の美人に戻した。


「……………………」


 観察するように俺の表情を見て。


 微笑っていやがる。


「どういうこと?」


 一応、聞いてみた。


「ふふっ。反応速度が普通過ぎて、また好きになっちゃったかも。相変わらずね、ユーリ君は」


 花束さんのそんな言葉を合図にでもしたかのように、講義が終わる。講義室にざわざわと喧騒が奏でられ始めた。

 黒い大きなカバンに、花束さんはノートと筆記用具をしまい出す。


「さあ、食堂へ行きましょう。アヲちゃん?こちらは私の彼氏の……」


 立ち上がった花束さんが、目を伏せたままの女の子に近く。


「絶対言うと思った。変な紹介するな」


 花束さんに視線を送る男たちには申し訳なさ過ぎるのだが、もう、こんなことにも慣れてきている俺である。しっかりと否定させてもらう。


「あら?いいじゃないの。じゃあ、結婚したい男の……」


「も、もっとひどくなってる……っ!」


 まったくいつも予想の上をいく龍神様である。


「うーん、愛するアナタ?お慕い申し上げている人?分からないわね。どう言えばいいの?」


 無邪気。あまりに無邪気。目を細めて、熱のこもった視線を俺に向けている。

 そんな花束さんを、俺は無視させていただく。


「花束さんの、ただの友達の由利本荘です。みんなにはユーリって呼ばれてる。よろしくね?」


「……………………」


 俯くノンフレームのまるいメガネからは、返事は出てこなかった。

 花束さんの予想はハズレだ。

 男性が苦手なのだから、無理をさせてはいけない。俺は慌てて、ハンズアップしながら彼女から一歩離れた。


「ごめん。男の人は苦手なんだよね?やっぱり食堂には二人で……」


「あ、アヲ、です。よ、よろしく…、お願いし……」


 唇は動いていたが、やはり語尾は俺までは届かなかった。

 とりあえず、俺の顔は整っておらず、屈強ではないということが、これで証明されたということか。

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