日常の31『神様のいうとおり』
俺と、火神つがる、
自称神様で、全知全能で、俺と頭の中で会話もできて、五歳児で、自分のことはつがるちゃんと呼べ、と言ってきたちっちゃい黄色い長袖Tシャツとデザインジャージみたいなちっちゃいズボンを履いた、頭にイチゴの飾りを付けた丁髷みたいな髪型のおでこが広い女の子、
の二人は、大学へ続く道路を二人で並んで歩いていた。
「ユリにー、あほー。あほっ!あほっ!うっほっほーっ!」
(いや、いいんだけどさ、別に。私は気にしないんだけどさ。神様からのアドバイスなんだけどね?こういう時って男性は車道側を歩くものだと思うんだ?)
俺と笑顔のつがるちゃんの左右が入れ替わる。
「あざーっ!ユリにー!あざーすっ!」
だんだんと、ステレオ攻撃にも慣れてきた。喫茶店で休んだからか、体調も戻っている。
「もし、もっと早くここに来れば……、あっ……」
(もし、もっと早く来れば、本当にさよっちは鈴木一郎と……、その……、関係を持たなくて済んだのか?)
「そーだよー!」
表情を変えずに、元気に甲高い声が返ってくる。それで気力が全部吸い取られたように、俺は肩を落とした。
(じゃあ、もう、さよっちは………)
「……………………」
急に、つがるちゃんが立ち止まる。俺は気付かず少し、アスファルトの歩道を進んでしまう。泣きそうなくらいのショックで、俺は地面しか見えなくなっていた。
振り返ると、表情をなくした小さな女の子が、俺を見据えてた。
(辛いんだったら、異世界でもどこでも行ったら?……言わせてもらうけど、ちょっと周りを見渡すだけでも、これぐらいの不幸や苦しみなんて、どこにでも転がってるんだ。私は全部知ってる。そんな辛さに負けてしまう人も、星の数ほどいるよ?私はそれを否定したりは絶対にしない。愛する子どもたちの決断を、私は絶対に否定しない。でもね、そんな苦難を、ちゃんと乗り越える人だって、同じくらいいるんだ)
まずい、と俺は思った。どうやら神様を怒らせてしまったようだ。
(怒ってはいないよ。神なのに、普通の人間に対して余計なことを言っているのも分かってる。でも、ユリ兄のために言うけどね、ユリ兄は異世界に行く選択を拒んだんでしょ?それが私は少し、嬉しかった。異世界に行けば、みんなに称賛されるし、こっちでは得られない万能感や充足感を得られたかもしれない。実際、ナユタの魔王ってそういうもんだし……)
そういうもんなのか?凡人の俺でも、普通じゃないことが、出来るようになるのか?
(でも、それでいいのかな?この世界の数多の苦しみを、否定したい気持ちは、神じゃなくても分かるよ。でも、その苦しみから、逃げてもいいのかな?私が見守るこの世界は、逃げ出したくなるほど、辛い世界なのかな?否定したい、世界なのかな?)
目の前の女の子には表情がない。でも、なぜだろう。俺には彼女が、神が、涙を流しているように感じた。全知全能の存在を、見守ることしか出来ない、儚く弱い存在を、俺は抱きしめて頭を撫でてあげたくなった。
捕まりそうだから絶対にしないけど。
(ありがとう。神に同情して頭をナデナデなんて、即、存在抹消案件だから。でも気持ちは嬉しいよ)
「とまってみただけなのだー!えっへん!あっはーん!」
つがるちゃんが、軽快にこちらに歩み寄って、俺の両膝にタックルしてきた。よろめいた俺を余所に、そのまま走り去る。住宅の公園に走り去って行った。
俺は頭を描いて、トボトボと彼女を追いかける。
こんなのばっかりだったら、親って大変なんだろうな、なんて思いながら。
誰もいない公園の土を踏みしめて歩を進めると、つがるちゃんは一人用のブランコで、きゃはは、と笑い声を上げながら足を動かしていた。振り幅がだんだん大きくなる。
「ふこーに、まけんなーっ!」
(ユリ兄の最大の試練は、あっ、試練って言っても神の試練ほどはキツくないから安心して?……とにかく、今日の夜。犯行現場でがんばって。この子の母親が心配するから、私は一緒には行けないけど、明日、また会おうね?健闘を祈……、おっと、祈っちゃダメだ。神の啓示を得ちゃうから。……よーく、観てるからね?)
ブランコの振り幅が、ひときわ大きくなった瞬間、つがるちゃんが両手を離して前に飛び出した。
「う、わ………」
危ない、と俺は思ったが、口から出たのはそんな言葉でもない声。
つがるちゃんの小さな体が宙を舞う。その頂点で、不意に、
彼女は消えた。
(ぅふふっ!奇跡、見せちゃったッ!)
そんな言葉を残して。
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