日常の29『対話』
(全知全能の観測者たる私には、そりゃあ言いたいことは山ほどあるよ?見過ごせないこともあったよ?でも、観測者としては、それを止めることは、してはいけないわけ。こっちにもルールがあるからね?でも、ナユタに魔王候補者が行くことはあっても、人が来るなんて想定外も想定外だったんだもん。あっちから魂が来たりは、そりゃするけどさ。今回はさすがに、見て見ぬふりはできないよ。だから、声を掛けたわけ。……助けはしないけどね。勇者、というかこっちの世界の人間があちらに行ったら魔王候補であることは変わりないはずなんだけど。私がユリ兄ちゃんを助けることで、先にこちらの世界で、神の使徒という属性を与えてしまうわけにはいかないからね)
「……………………」
駅前の喫茶店。子ども用の高いイスにちょこんと座って、俺は頭の中で流暢に響く、目の前の女の子の声に耳を、というか脳を、いや、とにかく感覚を傾けていた。
話の理解はできないけれど。
「ユリにーちゃんの、あほー」
頭の中の声を聞くのに集中しているから、そんな女の子の言葉も気に留まらない。
(理解してもらおうなんて思ってないもん。愚痴だよ、愚痴。ちょっと前にどっかの哲学者が、神は死んだ!とか言って以来の大愚痴。……あの時はさあ、こっちに何の実害もないし?じゃあ勝手にやったらいいわよ、って思うぐらいだったけどさ。今回は、さすがに顕現しちゃったわよね。意識だけとはいえ、こちらの世界で時を越えるなんて、リスクしかないから神でも簡単にしないのにさ。……しちゃうんだもん)
「じゃあ……」
「だまれー!だまれーだまれーっ!」
ラ行の発音があやしい子どもの金切り声に、束の間、まばらな店内の客の視線が集まる。しかし、声の主が小さな子どもだと理解すると、すぐに注目は外れていった。
(声は必要ないのっ!頭の中で質問でも何でも思い浮かべればいいのっ!…もう。本当になんで、ユリ兄ちゃんみたいなのが時間を移動しちゃうのさ?もっと頭が良くて、理解力がある人にしてほしかったよ。それこそ、神格を持つあの竜が、ミハルちゃんに教わってやれば良かったんじゃないの?変なヒロイズムをこじらせてさあ、いたずらに危険度を上げただけじゃん)
「………ごめん」
なかなか慣れなくて、俺は声に出して、理由も分からないがなぜか謝ってしまう。
視線の先の女の子は笑顔でジュースを飲んだまま、
「うん。いーんだよー♪」
と笑顔を崩さない。
(いいよ。これでも全知全能だから。この結果も分かっていたし、そもそも愚痴を言うほど低レベルの精神性を有してないし。火神つがる、という五歳児の身体を借りているけど、神様だから。本当に久しぶりに、ややこしいな、とちょこっとだけ思うことができて、新鮮だったしね。観てて面白かったもん)
「……じゅーす、おいしー!!」
(……私は、忠告しに来ただけ)
「………………………」
響く声の雰囲気が変わり、俺は黙ってさらに頭に意識を集中させた。
(これから先の未来の分岐の中には、何度か、あなたがもう一度、過去に戻りたくなるような状況があるのね?でも、もう二度と、絶対に過去に戻ろうとしちゃダメだよ?今回は異世界人がやった次元移動の余波で、未来に不確定要素が混ざっていたから、ユリ兄ちゃんはここに来れたけど、ここから先は固定された未来に、……時間に、殺されてしまう可能性のほうが圧倒的に高いんだから。いくら、ゆう……ぷっ。ダサくて嘲笑える……。いくら、勇者って、ふふっ、言ってもさ)
勇者、という単語に関しては、俺も実は同意見だった。だせぇよ、今時。勇者なんて言葉はゲームの世界だけで十分過ぎて余りある。
(あーあ。余計なアドバイスしっちゃったかも。じゃあ、マイクロな話……、ユリ兄ちゃんのこれからの行動についての話に戻るんだけどさ……)
「ユリにーちゃん!つがる、ふたりで、おさんぽしたーい」
だんだんと、頭の中の神様の声と実際に目の前にいるつがるちゃんの声とのステレオ攻撃に、俺は疲れ始めてきていた。
これから、どうなってしまうんだろう。
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