日常の13『突撃!ドラゴン晩ご飯!!』
「さて、そろそろ暖炉から出てきてもらおうかのう。……不法侵入者諸君?」
現状について説明が必要だろう。俺もそう思う。というか、何より一番、巻き込まれている俺に、異世界人たちは説明して然るべきだと思うんだが。
とりあえず何があったか、ありのままをお伝えしたい。
俺たちはミハルが作った美味しいカレーを三人で食べていた。そう。異世界人二人と俺で、小さなちゃぶ台を囲んで、だ。
そういや、テレビが点いてた。
うちの大学の三回生の男性が今朝バラバラ死体で見つかった、とか。
半年くらい前にもこの辺りでバラバラ殺人事件があって、犯人は捕まってないから同一犯だろう、って話だった。
俺たちは、物騒だなー、なんて話をしていた。早く犯人が捕まったらいいな、なんて。
そもそも何で、こっちの世界の仕組みが分かっているのか、とかさ。いま思い返せば、しなきゃいけない話、聞かなきゃいけないことが他にあったってのに。
でも、なんていうか、面倒くさいじゃんか?異世界のことを聞いてもいいけど、二人は帰れないわけだし。それで気分を悪くされても、俺のコミュニケーション能力じゃ、フォローできたもんじゃない。
かと言って、なにか俺のことを話したとしても、ねえ?
自分で言うのも何だけど、俺ってどこにでもいる一般人だから、恥ずかしいけど面白いことなんて一つもないわけだし。
そうなんだ。俺ってどこまでも普通でさ。
死にそうになってやっと気が付いたんだけどさ。
つまらない人生を送っている、つまらない人間だったわけ。
今日までは。
カレーを半分くらい食べた時だった。スンスン、と音が聞こえた。
テレビから音のする方に俺が視線を移したら、ミハルが目をつむって、こっちに鼻を向けてニオイを嗅いでた。
顔も近かったから、俺は何だか緊張してしまった。まずいな、汗臭かったかな、とか思う間もなく、大きな瞳が開かれて、彼女は真顔で、
「……おかしい。高位の竜の匂いがします」
なんてことを俺に向かって言った。
「ミハル様、それは……」
ライガはいつの間にか、カレーを食べ終えていた。ミハルはライガに顔を向ける。
「はい。魔力感知です。この魔素の匂いを追えば、竜神の加護は難しくとも、高位の竜の加護を得られるかもしれません。得られずとも、なぜ私が加護を失ったのか、その理由が分かるかも……」
「転移魔法を使いましょう!すぐに!」
「はい!」
「………え?」
急に温度が上がった二人の会話に俺はもちろん付いていけない。そして急にミハルに手を繋がれたものだから俺はびっくりしてしまった。そのびっくりしている間に、俺たちは薄暗くて狭い空間にワープしていた。
「ちょっ……!?」
叫び出しそうになる俺の口を、人さし指を鼻の前に立てたライガが塞ぐ。
それでもう、俺は黙るしかなかった。
明かりの点いている方からは、老齢の男性と思われる声と、女性と思われる声がしていた。
そうしたら急に、老人の方がこちらに話しかけてきた。
ここに俺たちがいるのは最初からバレていたらしい。しかも、不法侵入者ときた。絶体絶命っていうか、もう犯罪じゃん、これ。
大学入学早々、警察に厄介になって退学、まで俺は想像力を働かせていた。
ミハルが暖炉から身を乗り出す。
「――――、まさか貴方とは。それで私の竜神の加護が、貴方に移動したわけですか。……久しぶりですね?」
そんな、俺には聞き取れない言語で名前を言いながら。
応じるように、口角を上げたような女性の声が室内に響く。
「――――か?まだ戻った加護に慣れなくてな。そんな小さな魔素の動きでは、捉えられんくて気付かんかったわ。……ふふっ。いや、すまない。お前とこちらの言葉で話す日が来るとはな。その後、世界は救えたか?」
暖炉からはミハルの下半身しか見えなかったが、その声に彼女はたじろいだ様子だった。
「………魔王を倒せていたら、私はこちらには来ていません」
「懐かしいなあ、我を謀りおって。忘れはせぬぞ。……我が一族を滅ぼした感想を、ぜひ聞かせてもらいたいものだ」
下半身しか見えないが、女性の声に悔しがるミハルの表情が、俺には見えた気がした。
「竜神の加護を返して下さい。あれがないと、私はあちらに戻れません」
女性の大きなため息が遠くから聞こえた。
「本当にお前は無能だな」
「なっ……!?無能って………!」
「無能だ。しかもわしをこちらの世界に転生させた張本人が、加護を返せと厚かましくもよく言い放てるものよ。やはりプラテア族は、尊大で愚か。お前がいなければ、わしがお前の一族を滅ぼしておったものを。……おい、獣人と選ばれし者よ。いつまでそこにいるつもりだ?出て来い」
獣人、とはライガのことだろう。選ばれし者とは……、え?……俺か?
いや、違うから。俺は勇者じゃないから。関係ないから。巻き込まれただけだから。こんな修羅場にのこのこ出て行けるほど、勇気ないから、俺。
だから後ろから押さないで下さい、ライガさん!
「うわ……っ、と」
毎度のことながら、そんな情けない声を出して俺は暖炉から転がるように踊り出た。
「え?ユーリ……くん?」
急に、偉そうにしていた女性の声のキーが高くなり、風船がしぼんだようにしおらしくなる。
その声に咄嗟に顔を上げると、そこには光でも発しているかのようなミハルの綺麗な白い翼。だんだんと近付いてくる。
あれ?
俺、このまま転ぶんじゃね?
「うわっ!?」
「……いゃっ!?」
思った時にはもう遅い。足がもつれて、俺はミハルの背中に向かって覆いかぶさるような形で倒れていた。
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