日常の9『爆発しろ』

 えー、視線が痛いです。

 隣には顔の整った、まるでお人形さんみたいな麗女。嫌でも人目を惹きます、特に殿方の。


 そんな彼女の隣にいる男ですか?


 いや俺だってね、決して不細工というわけではないと自分でも思ってるよ?


 でもね、月とスッポンとか、猫と小判とか、提灯と釣鐘とか、馬と念仏とかさ。昔から人間って二つ対象が見えたら比べてしまうものじゃんか?念仏は目には見えないけどさ。しかもその差が大きければ大きいほど、慣用句や諺にしてしまうくらいの違和感を覚えるんだ。


 そして人間って、やっぱ丁度いいのが好きなわけよ。


 綺麗な女優さんとイケメン歌手が結婚したら日本全国お祭り騒ぎみたいに祝福するじゃん?でも片方がもしお笑い芸人だったら、特に不細工だったりしたら、心からの祝福、というよりは、ちょっと嘲りのこもったような感情が入るじゃない?


 ……そんな感じ。


「え、どんな感じ?」


 うん、途中から俺も自分が何を言いたいのか分からなくなってきてたよ、正直。


 ただ、分ってるのはね、隣にいる美人と俺の顔面偏差値が東大京大、いや、ハーバードやMITとウチの大学ぐらいの差はあって、見てくる人、特に花束さんを好意的に見る男が、あ、美女と野獣だ、とか、何だよ、超級美人があんな普通の男と歩いてら、とか思うだろうなってことさ。


「気にし過ぎだと思うけどな……」


 そんなことない。そんなことないって。みんなそう思ってるって。あの男もあの男も、あの男もみんなそうさ。だってそうだろう?楊貴妃の隣にいるのが、ただの凡夫だったら……


「玄宗が黙ってないでしょうね」


「でも安禄山の乱は起こらなかったかも……、って俺、心の声が出てた!?」


「え?今の全部、心の声だったの?」


「あ……、いや……、聞かなかったことにしてくれると嬉しい、です」


 そんなベタなコントみたいなやり取りの最中、市街地の歩道の先で見知った顔が、こちらと同じ様相で歩いていた。


「あれ?さよっちか?」


 同じ高校だった松井沙世(まついさよ)がセミロングの髪をなびかせていた。隣の男は…、知らない顔だ。

 二人が俺の声に振り返っていた。松井沙世、さよっちが口角をにやりと上げて大きく口を開く。


「あ、戦場ヶ原!」


「誰が化物語のメインヒロインじゃ!俺の名前は由利本荘だっ!」


「相変わらず変な名字だなー」


「相変わらずって、名字が変わってたまるかボケ!俺は昔から、ってか一生この名字だ!」


「ムコ養子になったら変わるじゃん?」


「うむ。今のところそんな予定はない」


 高校三年間繰り返した身内ネタである。ウケるウケないではなく、俺とさよっちの挨拶みたいなものだ。


 もう一度言っておく。ウケるウケない、ではないのだ。だけどね、少しだけ。少しだけでもいいから、クスッと笑ってくれてもいいんですよ、花束さん?


「花束さん、こっちのうるさいのは松井沙世。さよっちって呼んでいい。さよっち、こっちは天童花束さん。見て分かると思うが美じ……」


 誰が見ても分かる美人、と俺は言いたかったが、さよっちの言葉にそれは遮られる。


「分かんない。え、彼女?」


 ばっ……!


「ばっ、馬鹿!ち、違うわ。こんな、俺の心の声が漏れ出てしまうくらいの美人が、一般ピーポーな俺の彼女なわけないだろっ!」


 慌てて否定しながら、花束さんをちらり、と見る。あなたも赤くなって俯いてないで、否定して下さいよ。


「ふーん、そっか。にわかに信じられないけど、そういうことかぁ……。あ、こっちの子は高橋宇宙(たかはしそら)くん。宇宙って書いてソラって読むの。ソラ君、こっちは高校からの腐れ縁の四月一日(わたぬき)……」


「名字ネタはもういい。由利本荘和平です、初めまして」


「どうも。高橋宇宙です」


 手を差し出されたので、がしっと音がしそうな握手をかわす。


 それでもう分かった。彼は好青年だ。彫の深い顔立ち、姿勢の良い長身、実直そうな眼差し、穏やかな声音、すべてがそれを物語っていた。そして、初めましての挨拶で握手をしようとするなんて、好青年にしか出来ないことだ。


 ここで俺はドヤ顔で、さよっちに仕返しをすることにした。


「え?彼氏?」


「そうだよー。昨日から付き合ってる」


 そっかー、うらやましいこって。

 とは思ったが、さよっちの衝撃的な肯定の返事はやっと俺の脳に認識され、反応は驚愕へと変わる。


「え?ええ!?マジでっ!?」


「はははははっ!良いリアクションありがとうっ!」


 ケラケラと歩道の真ん中で、さよっちがしたり顔で大笑いをしている。隣の好青年は恥ずかしそうに頭を掻いていた。


 俺はさよっちが「うっそー!」と全てをひっくり返すような言葉を発するか、ソラ君が生真面目に否定するかを待ったが、その瞬間は訪れなかった。


 そうか。さよっちも男性と真面目にお付き合いすることになったか、と俺はさよっちとの高校の三年間を走馬灯のように思い出し、万感の思いを込めて、


「おめでとう。良かったな」


 と、それだけ心からの言葉を贈った。


「うん、ありがとう」


 さよっちも、照れながら応じる。


「じゃ、俺は花束さんを家まで送るから。なんか入学式で物騒なアナウンスもされてたし、二人仲よく一緒に帰るんだぞ?」


「うん。今日はソラ君のアパートに泊まる予定なのだっ!」


 聞いてねえし。リア充爆発しろ、マジで。

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