日常の7『凡人の説明によりますと』

 異世界から来たという二人の話をまとめるとこうだ。


 ひとつ、車に轢かれそうになった俺を助けてくれたのは天使、もとい、プラテア族と呼ばれる異世界の魔法使いのミハルで、俺をワープで車の前から俺の部屋へ連れてきてくれた。


 ひとつ、ミハルと一緒にいるのは獣神ライガーではなく、狐耳の獣人、ライガで、異世界の騎士団長だ。


 ひとつ、俺は勇者だから二人の住む異世界に行って魔王を倒し世界を救わなくてはならない。


 ひとつ、しかしミハルは俺を助けるために魔力を多量に使い、しかも魔力の量を増やし自動で回復してくれるという竜神の加護が、こちらに来てなぜか失われたせいで、魔力の回復がだいぶ遅くなってしまっているらしい。


 ひとつ、俺の世界は魔力が大気中にほとんどなく、回復には年単位の時間がかかるらしい。


「というわけで、魔力が回復するまでここで一緒に過ごさせていただけませんか?」


 なぜそうなる!?


 ここで異世界の騎士団長、狐耳のイケメン、ライガが立ち上がる。


「勇者様、お願い致します。我々はもう元の世界に帰る術もなく、頼る者もいないこの世界では生きてはいけません」


 言いながら両手をパンッと合わせた。


 異世界でも誰かにお願いする時はそのような作法があるのだろうか。疑問に思いながらも本当に俺は困ってしまった。できれば断りたい。しかしながら、命の恩人である彼らを無下に見捨てることはできないのも事実。


「その……、ええと、その翼と耳は隠す事はできますか?」


 頭を掻きながら、俺は聞いてみる。

 パァッ…という音が聞こえてきそうなほど、ミハルの表情が明るく変わった。


「私の認識阻害魔法、または変身魔法を使用すれば可能です。転移魔法と比べれば魔力もほとんど使用しません」


 そうか。容姿で困ることはない、と。かと言って事態が好転しているわけではないのだが。というか、魔法、いや、異世界の設定をすんなり受け入れ過ぎだろう、俺。


「すみません。一度、ためしに見せてもらっていいですか?」


 俺が言い終わるが早いか、ミハルが目を瞑る。すると彼女の身体の周囲から漏れ出るように光が広がって、二人を包んだ。


 二人を光が完全に包むと、姿はそのままに、二人の翼や狐耳は消え失せ、ミハルの服装は白い長袖ブラウスに緑のスカート、ライガは黒いジーンズに茶色いシャツという服装に変わっていた。


「……すごい」


 またも自分の語彙力のなさに辟易しながらも、初めて見る魔法に俺は圧倒されてしまった。


「こちらの世界の服装をイメージして変身魔法を使用してみました。 あの……、これで、ここで過ごさせていただけるでしょうか?」


 上目使いでミハルが聞いてくる。それは反則だろう。


 とにかく、これで魔法を信じるしかなくなった。正直、転移魔法で救われたと言われても現実感がなかったが、目の前でこんなタネも仕掛けもないことをされては疑うことも難しい。


「でも、ここに住むとなるとな。こんな狭い場所に三人で暮らせるかというと……」


 と一人ごちた俺は、ここで大切なことを思い出した。


「……って、マズい!俺、入学式に行く途中だったんだ!」


 急に俺が叫んだものだから、ミハルとライガは目を見開いて驚いたような表情を隠さない。時計を見るとすでに、開始時間の十分前。会場まで全力で走っても二十分。絶対に間に合わない。


「すみません、二人はここで留守番しておいて下さい。俺、行かなきゃならないところがあるんです」


 まくし立てるように言って、俺は二人に背を向ける。


「食べ物とか飲み物とかは冷蔵庫に入ってますから自由にして下さーい!」


 走り去ろうとした玄関で気がついたが、俺は革靴を履いたまま二人と話していたんだな。

 魔法ってすごい。

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