日常の5『まだ畳の部屋にいます』

 俺はまず、何から聞くべきか考える。考えたものの、神々しい天使様は、


「あれ?加護が失われています」


 という言葉を最後に困った表情、かっことってもかわいいかっこ閉じ、をしたままオロオロしているし、コスプレ細マッチョは、


「なんと!?では魔力が足りないのでは!?」


 という言葉を最後に困った表情、かっこ何このイケメンかっこ閉じ、をしているものだから、どうしたら良いものか分からなかった。


「すみません。あの……、お二人のお名前は?」


 結果、俺はそんなあたりさわりのない、言った瞬間にナンセンスで的を射ていないことが分かる質問を繰り出してしまうのだった。


 二人の視線がこちらへ向く。


「こほん。取り乱してしまってすみません。……良い質問ですね。さすがユーシャサマです。私の名は……、あ、こちらの世界では発音できませんので、そうですねえ、ミハルとでも呼んで下さい。こちらの獣人は、ライガです」


「初めまして、ユーシャサマ。ザオウ・ムンバ・ライガンと申します。ライガ、とお呼び下さい」


「ええっと、ミハルさんと、ライガさん、ですね?お二人が、異世界から来たという話の真否は置いといて、私はどうして自分の家に戻っているんでしょうか?」


 ユーシャサマ、という人生で絶対に口にしないランキング同率第六位ぐらいの単語に関しても後で聞くことにして、俺はさっきまで大学の入学式へ向かう途中だったのに、どうして何時の間にか自分の部屋に帰ってきているのかを聞くことにした。


 正直、あの状況で助かった経緯を知りたい。


 いや、もしかしたら助かってなくて、ここは死後の世界なのかもしれないし。

 だとしたら死後の世界は、とっても庶民的なもののようだ。または、自身の記憶以上の生活は望めない、夢も希望もないものなのかもしれない。


 するとミハルと名乗った天使は、純白の羽根を少し揺らしながら答えてくれた。


 しつこいが、これが最後だと思って聞いてほしい。可愛い。とってもいたいけでけなげだ。自分の語彙力の無さを悔やむほどに。


「質問はごもっともだと思います。私は、転移魔法が使えます。……あ、この世界は魔法が存在しないんでしたね。…えっと、つまりですね、ユーシャサマが車に轢かれる直前に、ユーシャサマの所に転移して、私とライガが最初に辿り着いたこの場所に戻って来たんです、魔法で」


 ああ、そういうことだったのか、と納得できるはずもない。


 俺が驚きのあまり言葉を失っていると天使は続ける。


「そもそも我々の目的は、選ばれた存在であるユーシャサマを私たちの世界へお連れし、魔王を倒していただくことでした。そのため次元転移魔法を使用できる私と、騎士団長であるライガが選ばれ、この世界のこの場所に転移しユーシャサマを迎えに来たのです。……しかし時空間位相、もしくは時間軸のズレのためでしょうか、ユーシャサマは留守の様子でした。私はすぐに探知魔法を使って、ユーシャサマを追いかけました。しかし、転移して追いついたと思った私たちが見たのは、車に轢かれそうになっているユーシャサ……」


「ま、待って下さい」


 ようやく俺は口から言葉を出すことができた。恐怖を感じるほどの驚きとは、人を無口にするようだ。いや、そんな新発見はどうでもいい。


 急に天使にこんなことを言われて、どう信じろと言うのか。というか、彼女が言っていることが俺には根底から理解できない。魔王?魔法?騎士団長?転移?


 何を言っているんだ。


「あの、お、俺の名前は、由利本荘和平です。勇者では、ありません……。普通の一般人です。何の取り柄も特徴もなくて、さっきだって自分の過去を思い返して自分自身の平凡さにウンザリしちゃったんですから…」


「いいえ、貴方様は勇者様です。世界に平穏をもたらす希望。我々の世界を救う唯一の存在。私達は勇者様を我々の世界にお迎えするためにやって来ました。ですが……」


「――――様、ここは…」


 ミハルに向かって、ライガが口を開いた。

 名前だろうか。さっきから様の前の部分が耳に届かない。音は鳴っているような気はするんだけど。


「これからはミハルと呼んで下さい、ライガ。勇者様が聞き取れません」


「承知しました。ミハル様、ここは勇者様がなぜ勇者様なのか説明し、我々の世界がどのような危機を迎えているのかお話しして納得していただくのが良いと思います。その後で、我々が、というかミハル様が置かれている状況を説明していただきたいのですが……。もしや、我々は元の世界に戻れないのではありませんか?」


 ライガの表情は精悍そのものなのだが、どこか頭の上の茶色い狐耳が不安気にうなだれているのが、俺は気になった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る