第90話 我が道を往く


「お兄ちゃん、誕生日おめでとう!」


 夕方になり、部活から帰ってきた華菜に誕生日を祝福される。

 俺に抱きついている華菜の表情は、今日の主役の俺よりも嬉しそうだ。


「華菜ちゃんおかえり」


「お姉ちゃんもお誕生日おめでとう!」


 弓花にも抱き着く華菜。

 その愛情にもう差は無い。


「華菜からのプレゼントに期待だな」


「もちろんあるよ~」


 自分の部屋に入り、プレゼントを抱えて戻ってきた華菜。


「まずはお姉ちゃんから」


「何かしらね」


 華菜はプレゼント用に包装された箱を弓花に渡した。


「こ、これは……」


 包装を丁寧に外すしていく弓花。


「ドライヤーね。しかも前に私がCM見て欲しいって言ったやつ」


「そうそう。お姉ちゃん毎日ドライヤーめっちゃ使うし」


 ちゃんとしたプレゼントを用意していた華菜。


 そういえば去年は華菜からイヤホンを貰ったな。

 今でも大切に使っているし、華菜は本当に家族思いだな。


「超嬉しいけど、これってけっこう高かったはずよ」


「お姉ちゃんのためだもん。使ってなかったお年玉で買ったの」


「華菜ちゃん……」


 妹の愛情に触れ、感極まっている弓花。

 黙って洗い立てのハンカチを渡してあげた。


「次はお兄ちゃんね」


「弓花があんだけ喜んでるから、俺もけっこうハードル上がっちゃってるぞ」


 華菜は封筒を俺に渡してくる。

 何かの商品券だろうか……


「肩叩き券十枚セット」


「弓花のプレゼントで予算使い果たしてんじゃねーか!?」


 まさかのプレゼントに肩を落とす。

 まぁ弓花に本気を出した分、俺に予算が回らなかったのだろう。


「二人同時に誕生日とか祝うの、めっちゃ大変だもん。お兄ちゃんには今まで散々プレゼントとしてきたから、今年はお姉ちゃんに本気出したの」


「それなら俺のプレゼントを先に渡せよ。無駄にハードル上がっちゃってたんだよ」


「でも、それを二枚まとめて使うと抜き有りにグレードアップするから」


「おいおい、一気にプレゼントの価値が百倍に増えたじゃねーか……って、何を抜くんだよ」


 さらっととんでもないことを口にしている華菜。

 こんな卑猥な妹に育てた記憶は無いのだが。


「え、えっとその~」


 華菜は頬を赤くして、言葉を詰まらせている。


「お、お兄ちゃんの~おち~」


「やっぱ言わんでいい。すまん」


 華菜の口を手で塞ぐと、指を舐められてしまう。


「まったく、どこでそんな言葉を覚えたんだか」


「私が教えたわ」


「おいおい、悪いお姉ちゃんだな」


 どうやら元凶は弓花だったみたいだ。


「私に教えたのはあなたよね?」


「……俺が元凶だったか」


「一線を越えないためには抜きが重要となるとか、恋人になってからは周りに聞こえないような声でこっそり言ってきたわよね」


「おいおい、それは言うなって。俺の心の中では限界ギリギリで耐えてるつもりなんだから」


「それもわかっているわ。だから今までこそこそしてたんじゃない」


 そもそもこんなに可愛い彼女がいて耐えるとか、99%の男は不可能だろう。

 国民的アイドルだって、裏ではめっちゃエロいことしているだろうしな。


「でも、最近は誕生日に越えるって決めたこともあってしてなかったから、けっこう溜まっているんじゃないかしら」


「そうだな。というかもう我慢できない」


 弓花をベッドに押し倒してキスをする。

 今日の弓花は、隙あらば抱き着いていたり押しつけたりしてきたからな。


「ちょ、ちょっとまだ華菜ちゃんもいるのよ」


「そうは言いつつも両足でがっつり俺を挟んでんじゃん」


「だ、だって、私も我慢できないから」


 限界を迎えているのは俺だけでなく、弓花もだった。


「……二人とも誕生日だからってはしゃぎ過ぎ。まだケーキもあるんだから」


 華菜から冷静に注意され、俺と弓花は抱き合うのを止めて立ち上がった。


「こんな情けないお兄ちゃんですまんな華菜」


「そんなことない。理想のお兄ちゃんだよ」


 弓花はお手洗いへと向かってしまい、俺と華菜の二人だけになった。


「あたしには卒業式の日にしてくれるんでしょ?」


「……そうだな、卒業祝いも兼ねて」


「そういう常識をぶち破るお兄ちゃんが誰よりもカッコイイし好きなの」


「華菜……」


 常識に囚われるなとか、

 常識をぶち破れとか、

 常識を超えていけとか、

 誰もが一度は耳にしたことがあると思う。


 成功者の大人たちが口をそろえて、そんなことを言っているこの世の中だ。

 俺はそう教えられたから実際に常識を超えようとしているだけ。

 全ての責任は、無責任に常識を超えさせようとしてくる大人たちにある。


 もし俺を非難しようとする者がいれば、それは筋違いだからな。

 俺は模範となる大人たちが言っていることをまっとうしようとしているのだから。


 俺は間違っていない。

 間違っていると指摘する方が間違っているんだ。


「お兄ちゃん、何か悩んでいるの?」


「……大丈夫だ」


 自問自答を終えた俺に、もう恐いものはない。



 その後はみんなでケーキを食べ、家族との誕生日を過ごした。

 そして、弓花と一緒にみんなが寝静まるのを待った。



 さて、遂に常識をぶち破る時が来たようだ――

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