第89話 祝福の日


「そわそわするな……」


 今日は十二月九日の金曜日。

 明日は俺と弓花の誕生日となっている。


 もう夜の十一時を過ぎており、その日まで残り数十分しかない。


「落ち着きなさい。大丈夫だから」


 ベッドの上で肩を並べて座っている弓花。

 言葉は冷静だが弓花も周囲をキョロキョロしたりと、そわそわしているのが伝わってくる。


「するのは明日の夜だよな?」


「そうね、お母さんと華菜ちゃんが寝静まった後にしないと」


「声とか出ないのか?」


「できる限り抑えるわ。あなたもベッドをギシギシとさせないでよ」


「そんなのやってみないとわからんだろ」


「私だってそうよ。抑えるとは言ったけど、めっちゃ声出ちゃいそう」


 本番を前にして、お互いに不安を募らせている。


「してほしくないこととかあるか?」


「あなたのことなら何でも受け入れるけど……」


「そうか」


「強いて言うなら、お尻はまだ早いわね」


「初回でお尻を攻める気は無いから安心してくれ」


 まだ早いということは、いつかは手を出していい領域なのだろうか。


「あなたは何かある?」


「弓花がしたいことは何でも受け入れるけど……」


「そう」


「強いて言うなら、無音だと緊張しちゃうからコミュニケーション取りながらしてほしいかな」


「もちろんよ。ちゃんと言葉でも包んであげるわ」


 弓花の慈愛に満ちた言葉を聞いて、安心する。


「逆に駄目なことより、してほしいことを言っておいた方が良くないか?」


「そうね。まぁ、咲矢がしてほしいことはわかっているつもりだけど」


「例えば?」


「胸で挟みながら……実際に言うのは恥ずかしいから、本番で教えてあげるわ」


 言いかけたが途中で止めてしまう弓花。

 いったい胸で何を挟むつもりなのだろうか……


「弓花がしてほしいことは?」


「せっかくあなたに身体を捧げるのだし、全身をまんべんなく味わってほしいわね」


「言われなくてもそのつもりだけど」


 別に確認しなくても、お互いのことはわかりきっている。

 これはただ、互いに心を落ち着かせるためのやり取りだ。


「……それで、腰の方はどうなの?」


「えっ」


 意外なことを聞かれたので、俺は上手く言葉を返すことができなかった。


「あなたが退院してからも腰が痛んでいるのは把握しているわ。私を心配させないためか、ずっと黙っているみたいだけど」


「何で気づいたんだよ」


「気づくに決まっているでしょ。私はあなたのことをずっと見ているの。あなたが立ち上がる度に少し痛がったり、腰に負担をかけないような姿勢を多くとっていたりね」


「バレてたか」


「……何で隠してたの?」


「約束した誕生日が近いのに、腰が痛くて上手くできないかもなんて言えなくてな。これ以上、心配もかけたくなかったし」


「馬鹿ね。本当に馬鹿よ」


 弓花が呆れた様子で話している。


「心配ぐらいかけさせてよ」


 包み込むように俺へ抱き着く弓花。

 普段とは異なり、力強さはなく優しい抱擁だった。


「ご、ごめん」


「あなたが謝る必要は無いわ」


 キスをした後に頭を撫でてくれる弓花。

 あやされると、もっと甘えたくなってしまう。


「でも、まだ腰を気にしているのなら、行為に支障が生じるわね」


「頑張るから大丈夫だ」


「無理はさせたくないの」


「で、でもな……」


 そういう時は男がちゃんとしなきゃいけないのが筋なはずだ。

 弱音を吐かずに、俺が引っ張らないといけない。


「そんな心配しなくても大丈夫よ。私が上に乗るから」


「そ、そうか」


「なんだか、ちょっと嬉しそうね」


 軽く想像したら、めっちゃ興奮してしまう。

 弓花の大きな胸が激しく揺れる過激な光景が浮かんだからな。


「あなたがあまり動けないのなら、代わりに私が動くから何も問題はないわ。あなたは支えるだけでいい」


「それは助かるけど」


「困った時は助け合うの。私達は二人で一つになるんだから」


 もう一線を越える一歩手前まで来ている。

 いや、気持ちはもう飛び越えている。

 後は綺麗に着地するだけだ。


「あっ、そろそろ十二時になるぞ」


 スマホで時間を確認すると十一時五十八分になっていた。


「見つめ合いましょう」


「そうだな」


 弓花と真っ直ぐに向き合う。

 弓花の瞳には俺が映っていて、俺の瞳には弓花が映っているのだろう。


 スマホが静かなアラームが鳴らして、十二時になったことを知らせてくれる。


「「おめでとう」」


 互いに祝い合った。

 生まれた時の記憶は一切無いけど、その時もきっとこうして祝い合ったのかもしれない。


「弓花がいてくれて本当に良かった。ありがとう」


「私もあなたには感謝でいっぱいよ」


 手を繋いで、抱き合って、キスをした。


 突然、俺の日常に現れた双子の弓花。

 徐々に仲良くなって、すぐに好きになって、今では愛し合って……


 まさかこんなことになるなんて、人生って何が起きるかまったくわからんな。


「生きてて良かったわね」


 俺の気持ちを代弁してくれた弓花。


 弓花が俺に人生を捧げてくれるように、

 俺も彼女に人生を捧げようと思う――

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