第88話 遠隔操作


 買い物を終えると、いつの間にか夜になっていた。


 街は先の先まで派手なイルミネーションで彩られ、夜でも明るい。

 そんな非現実的な道を弓花と手を繋いで歩く。


「イルミネーションは期間限定かもしれないけど、俺達の愛は期間限定じゃない」


「……その囁きはちょっとダサいかもしれないわ」


 弓花に駄目出しをされてしまう。

 冷静に自分の発言を振り返ると、ダサいどころか終わってると思った。


「イルミネーションは幻想的だけど、俺達の愛は幻想じゃない」


「何も進歩してないわよ?」


「ちんぽ?」


「“ちんぽ”じゃなくて“しんぽ”よ。自分のダサさにショックを受けて頭がぶっ壊れてしまったかしら」


 自暴自棄になった俺に辛辣な言葉をかけてくる弓花。


「じゃあ弓花が何かお手本のような愛の囁きを頼む」


「無茶ぶりが過ぎるわね」


 俺を睨みながらも、真剣に言葉を考え始める弓花。


「イルミネーションは夜にしか光らないけど、私達の愛はずっと光続けるわ」


「……やっぱりダサいか」


 双子だからか、俺と同様に弓花も失敗してしまった。


「イルミネーションは言葉を入れ替えるとショミネーインルとなってしまい言葉が成立しなくなってしまう。でも、私達の愛は変わらないわ」


「俺以下じゃん!? ショミネーインルって何だよ!?」


「シックスナイン? 別にしてもいいけど」


「“シックスナイン”じゃなくて“ショミネーインル”だよ! その聞き間違いは無理やり過ぎるだろ。奇跡的にシとイとンの位置は合ってるけど」


 顔を真っ赤にして頭を抱えている弓花。

 どうやら俺達は互いにカッコつけることができないみたいだ。


「あれ、心春じゃないか?」


 前方から歩いてくるカップルが心春に見えたので、弓花にも伝える。


「そ、そうね。きっと隣にいるのがお父さんだわ」


 リモコンのような物を持って堂々と歩いているお父さんと、顔を真っ赤にしてふらつきながらお父さんの腕にしがみついている心春。


「何かあったのかしら? ただならぬ雰囲気ね」


「邪魔しちゃ悪いけど、心春が苦しそうだから声をかけた方が良さそうだな」


 俺達は心春とお父さんの前に立つ。


「えっ!? 弓花ちゃんと咲矢君?」


 目が合った心春は慌ててお父さんの背中に隠れてしまった。


「あぁん!」


 何故か背中から心春の甲高い声が聞こえてきて、俺と弓花は顔を見合わせる。


「君たちが心春が話していた噂の双子か」


 お父さんは俺の元へ歩み寄ってくる。

 どうやら心春は俺達の話をお父さんにしていたみたいだな。


「君に話したいことがあったんだよ」


「心春のお父さんですか?」


「そうだよ。お父さんでもあり恋人でもある」


 俺の肩を叩く心春パパ。

 既に開き直っているのか、恋人宣言をしている。


 入院している時に心春から付き合い始めたとは聞いていたが、実際に目の当たりにすると俺にも色々と湧き上がるものがあるな。


「心春と恋人になるのって、恐くないんですか?」


「恐怖はあるけど、心春が毎朝律義に取り除いてくれるんだ」


 メンタルコントロールが成功しているのか、恐怖はあるが抱え込んではいないみたいだ。


 弓花は身体を震わせている心春の肩を持って、背中をさすっている。

 心春は恍惚とした表情をしており、苦しそうというよりかは気持ち良さそうだな。


「後悔はしてないですか?」


「まったく。社会から道を踏み外してしまったかもしれないが、心春という一番大切な存在を幸せにすることができているからね」


 心春パパは話しながら手に持っている謎のリモコンのスイッチを押した。


「あぁん! ちょっと、今は弓花がいるから……」


 まるでそのスイッチと連動するかのように、心春が喘いでいる。

 これは指摘した方が良いのか、スルーした方が良いのか、未熟な俺にはちょっと判断できない。


「真っ当に生きようが、道を踏み外そうが、結局行きつく先は死だよ。なら、その死を前にして、自分が後悔しない道を選んだ方が正しいと俺は思う」


「あぁん! もう立ってらんない」


 心春パパが大事なことを言っていると思うのだが、心春の喘ぎ声で会話内容がまったく入ってこない。

 会話中は謎のリモコンのスイッチは押さないで欲しいところだ。


「君はこの前、交通事故で死にかけたみたいだね」


「そうです」


「僕は妻を病気で亡くしたんだよ。その時に信じられないくらいの後悔が僕を襲った。あの時が人生で一番辛い瞬間だった。だから、僕はもう後悔だけはしたくないと強く思ったんだ」


「もうっ、だめっ!」


「君も死の淵を彷徨って気づいたんじゃないか? 本当に怖いのは社会から弾かれることではなく、自分が後悔を背負ったまま無になってしまうことだと」


「これ以上、無理ぃ!」


 駄目だ。心春パパがめっちゃ良い事を言ってそうなのに、心春の喘ぎ声が全部かき消してしまう。


「君はまだ若い。僕みたいに焦らずじっくり考えるのもいいが、いくら考えたって今の答えと変わることはないと思うよ」


 リモコンのスイッチを連打する心春パパ。


 そんなことするから、心春が膝から崩れ落ちてるっての。

 リモコンの存在に気づいていない弓花が心春のこと本気で心配してるっての。


「もうちょっと話したかったけど、どうやらもう心春はイクみたいだね」


「……どっちの意味ですか?」


「僕がしていることを君は予測できるかもしれないけど、確信はできないはずだ。でも、それでいいんだ。はっきり何かをしていると言わない限り、他人は答えを知ることはできない」


 何をしているのかは教えてくれない心春パパ。

 あれだよね? 確実に遠隔操作で何かしてるよね?


「だから、好きに生きるがいいさ。君がはっきりと言わなければ、周りは一生答えを知ることはないのだから」


 うずくまっている心春を抱きかかえる心春パパ。

 そのまま俺達の前から去っていった。


「何を話してたの?」


 二人の背中を見送った弓花が俺の元に戻ってくる。


「わからん。まじで何も頭に入ってこなかった」


「あなたも心春と同様に放心状態じゃない」


 心春パパは真剣な面持ちで大事なことを言っていた気はするが、リモコンのスイッチを連打していた光景しか思い出せない。


「心春はイっちゃったみたいね」


「どっちの意味で?」


「……なんのこと?」


 こんな煮え切らないモヤモヤした気持ちになったのはあの時以来だ。

 テレビで世にも奇妙な物語を見た時以来だっての――

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る