第87話 妊娠


 今日は久しぶりに弓花とお出かけしている。

 俺は特に用事は無かったのだが、弓花は何か用事があるみたいだ。


「……ここね」


 弓花に黙ってついていくと新都心レディースクリニックという場所に辿り着いた。

 名前的に病院かなとは思ったが、看板には産婦人科と書いてあった。


「何で産婦人科に用があるんだよ」


「何ででしょうね」


 要件は話してくれない弓花。


「男性は入り辛いと思うから、隣のカフェで待っていてくれる? 終わったらすぐ向かうから」


「わかった」


 産婦人科へ入る弓花を見送り、俺はカフェでオレンジジュースを飲んで一息つく。


 まさか妊娠したとかじゃないよな……

 いや、だって俺まだ一線越えてないし、それは流石に有り得ないって。


 だがしかし、俺が寝ている隙に弓花が何かしてた可能性も否定できない。

 いや、冷静に考えればそんなことが起きてたら普通に目覚めるだろ。

 二突きぐらいで目覚めるっての。


 大丈夫。きっと何も問題はない。



     ▲



 三十分ほど待っていると、弓花が慌てて俺の元に来た。


「お待たせ。薬局まで行ったから少し時間がかかってしまったわ」


「おいおい、いったい何の病気だったんだよ」


 待たされている間に不安が募り過ぎていて、食い気味に弓花へ尋ねてしまう。


「そんな心配しなくても大丈夫よ」


「そうは言ってもな」


「低用量ピルを使い始めるだけだから」


「……なるほど」


 なるほどとは言ったが、いまいち意味は理解していない。

 ただ、何かヤバいことが起きたわけではないみたいだ。


「私、けっこう生理痛の重い時が多くて困っていたのよ。それに乗じて肌荒れもするしね。この薬を飲めば周期も整って、それらも改善されていくの」


「そうなのか」


「心春からオススメされたこともあって、今日から服用していこうかと」


 どうやら心春も同じ薬を服用しているみたいだな。

 それを聞いて安心した。


「副作用で体調を崩すこともあるみたい」


「その時はずっと傍にいます」


「あと、服用している期間は子供ができなくなるの」


「……そ、そうなのか」


 少し身体がビクっとしてしまったが、平常心の顔をしておかないと。


「服用している期間は子供ができなくなるの」


「さっき聞いたよ」


 何故か同じ言葉を繰り返す弓花。

 聞き逃してはないので安心してくれ。


「服用している期間は子供ができなくなるの」


「わかったって」


「大事過ぎることだから三回言ったわ」


 確かに俺達にとっては大事過ぎることだ。


 弓花はちゃんと俺との関係を考えて行動しているみたいだな。

 そういうところは頼りになるし、一緒にいて心強い。


「二人のためなら俺もお金出すぞ」


「気にしないで」


「じゃあ、代わりに弓花の欲しい物を買う」


「あら、それは嬉しいわ。それじゃあ、気を取り直して買い物にでも行きましょうか」


「おう」


 俺達の愛情が一方的になることはない。

 他の人たちと異なり、互いに等しく愛し合っているからな。



     ▲



「それで、何か欲しい物とかあるか?」


 駅前のショッピングモールへ着き、弓花の欲しい物を探す。


「お揃いの物が欲しいわね」


「ペアルックとかか?」


「うーん、そういう物よりアクセサリー系がいいわね」


 そもそも俺と弓花のセンスは似ていることもあり、服の色が同じ時も多い。

 今日も俺と弓花は合わせたわけでもなく黒のコートを着ているしな。

 双子は別に合わせなくてもペアルック風になるみたいだ。


「今はお揃いのピアスを付けているだろ」


「そうだけど」


「ネックレスとかか?」


「それもいいわね」


 弓花と一緒にアクセサリーショップへ入る。

 前方のいるカップルがべったりしている姿を見て、弓花が俺の腕に抱き着いてきた。


「そういえば、そろそろ誕生日だしクリスマスもあるな」


「そうね。私が誕生日に欲しいプレゼントは分かっているわよね?」


「もちろん。俺が欲しいプレゼントも分るよな?」


「ええ。ちゃんとあなたが一番欲しいものをあげるわ」


 ニヤニヤと俺を見つめながら話す弓花。

 俺が一番欲しいものといえばあれしかないよな。


「クリスマスプレゼントはどうする?」


「指輪とかどうかしら?」


 アクセサリーショップの指輪コーナーを見て、クリスマスに指輪が欲しいと思い立った弓花。


「いいかもな」


「でしょでしょ? お互いにお金を出しあって買いましょう」


「でも、今の俺達じゃ安物しか買えないぞ」


「いいのよ最初は安物で。私達が大学生になって、社会人になって、ステップアップしていくごとにクリスマスの日に買い替えていけばいいじゃない」


「……そうだな」


 きっと俺と弓花はこの先もずっと一緒だから、何も焦る必要はないんだ。


 普通のカップルなら別れは付き物だと思うが、俺達は普通のカップルではない。

 互いの人生を最後まで背負う覚悟を付き合った。

 だから死ぬまで一緒だ。


「あっ、これ欲しいかも」


 何故かアクセサリーではなく隣の店の電気毛布を欲する弓花。


「何で電気毛布が欲しいんだ?」


「一緒に寝るとはいえ、冬に裸で寝るのは寒いでしょ? だから、これからの冬を超えるには必要だと思うわ。誕生日以降はそういう日が増えると思うし」


「確かに終わった後って裸で寝てるイメージあるけど、実際は冷静になって服を着たりして寝るんじゃないか?」


「きっと終わった後は互い精魂尽き果ててそのままぐったり眠ってしまうのよ」


「まっ、買っておいて損は無いか」


 弓花の希望通り、電気毛布を買ってあげた。

 これからは裸で寝ても安心だな。


 いや、流石に実家で弓花と裸で寝るのは大問題だろ!?

 何も安心できないって――

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