第83話 射製管理


 入院生活は五日目となった。


 あと一週間ほどで退院できると聞いている。

 体調は問題無いのだが、腰は痛むし右手も分厚いテーピングが巻かれていて自由に動かせない。


「ただいま」


 学校を終えた弓花が俺がいる病室へ入ってきた。

 弓花の顔を見ると、不安な気持ちは全部消えて心が落ち着く。


「おかえり。でも、ここに来ても暇だろ?」


 毎日、面会時間ギリギリまで傍にいてくれる弓花。

 嬉しい反面、申し訳ないと思う気持ちも抱いている。


「あなたの傍にいないと落ち着かないのよ」


 椅子に座り、俺の左手を優しく握ってくれる弓花。


「学校はどうだ? 一人でも問題無いか?」


「子供じゃないのだし、何の心配もいらないわ。心春がお見舞いに来るって言ってたけど、何か少し様子が変だったから落ち着いてからにしなさいと言っておいたわ」


 心春がお見舞いに来てくれようとしているのは素直に嬉しいな。

 お父さんと何かがあったのか、今は不安定になってしまっているみたいだが。


「クラスメイトのみんな、俺の心配してるんだろうなぁ……」


「残念ながら私と心春以外、誰も気にしていなかったわよ」


「薄情な奴らだ」


 友達と明確に言えるクラスメイトは弓花と心春だけだし、冷静に考えれば当然の結果だったな。


「私がいればそれでいいじゃない」


「そうだな。弓花がいればそれで十分だし、何よりも幸せだ」


 入院生活をしていると命の尊さや大切を思い知らされる。

 生きていることに感謝する気持ちが芽生えたし、人に優しくなれる気がする。


「そういえばあの杉山とかいう女、警察に身体を売って味方につけて無罪を主張してきたの。咲矢が勝手に転んだとか警察と口裏合わせてきて大変だったわ」


「なりふり構わずだな」


 警察は可愛い女の子を庇うことが多いと聞いていたが、まさかここまでとは……

 まぁ警察も俺と同じ人間だから、自分の欲求には勝てないか。


「目撃者から決定的な瞬間を抑えた動画を頂いてたから、ネットで晒して社会的に抹殺しておいたわ。大学も退学になったみたいだし、担当外の警察が動き出したおがげもあって身柄はちゃんと拘束されているみたいね」


 杉山先輩は俺を道路へ突き飛ばす前に大声でキレたりしていたので、面白がられて動画を見物人に撮られていたのだろう。


 弓花は淡々と事後報告しているが、目が信じられないほど怒りに満ちている。

 まぁ俺も弓花を傷つけようとする奴が現れたら、絶対にそいつを許すことはないだろう。


「杉山先輩には去年、助けられたこともあったからちょっと複雑だな」


「あの人はもう人間ではなくなってしまったの。そして鬼と化したわ」


「鬼?」


「怒り狂った者の末路よ。でも、皮肉にも鬼を生むのは人間なの。悪が鬼を生んで正義が鬼を退治する。人は誰しも鬼になんかなりたくないかもしれないけど、その可能性を秘めてしまっている」


 杉山先輩も自ら望んであんなことになってしまったわけではないはずだ。

 人を騙して弄ぶ悪い人達の餌食となって、腐敗していってしまったのだろう。


「もうあの女について考えなくていいわ。私が一生関わらせないから」


「……頼もしい限りです」


 弓花は俺を護ってくれる。

 これからいばらの道を進むことになるだろうから、俺も弓花のこと護って行かないとな。


「それで、あれは大丈夫なの?」


「何の話だ?」


「……処理しなければならないことがあるじゃない」


 心配そうな目で俺を見つめている弓花。


「何の処理だよ」


「性欲よ」


 そっちの心配かよ……

 まぁ俺もどうしようかとは思っていたが。


「そんなのは我慢すればいいだけの話だ」


「そうは言ってられないでしょ。あなたってだいたい二日に一回はしていたし、もう五日も経ったらパンパンになっていることだと思うわ」


 弓花と同居してからは俺の欲望を抑えるために、そういうことをする回数は多くなっていた。

 確かに二週間も我慢するなんて難しい話だ。


「てーか何で俺の回数を把握してんだよ」


「あなたの部屋のゴミ箱を毎日チェックしているもの。くるんだティッシュがわかりやすく積まれていってたし」


「そんなとこチェックすんなって」


 油断も隙も無い弓花。

 俺のことは何でも知りたがる。


「今は好き勝手しているみたいだけど、もしこのまま一線を越えた関係になれば、そういう性欲も私が全部管理することになるから」


「……何が目的なんだ?」


「単純にあなたの全てが欲しいのよ。もちろん、私の全てをあなたにあげるわ。私のこと何でも好きにして頂戴」


 お前のものは俺のもの、俺のものはお前のもの。みたいな感じに思っているみたいだ。

 まさに一心同体だな。


「今日はデリバリーナースとなった私があなたを診察してあげるとするわ」


 そう言いながらベッドで寝ている俺の身体へ手を伸ばしてくる弓花。


「お、おい、何をする気だ」


「動いては駄目よ。安静にしてなさいってお医者さんに言われたでしょ?」


「そ、そうだけど」


「抵抗すると身体が痛むわ。リラックスして私に全てを委ねなさい」


 身体を無理やり動かせない俺に好き勝手してくる弓花。

 心から嬉しそうにしているので怒る気にもなれないな。


 優しい手つきで撫でてくれて、時には激しく動かしてくれる。


 弓花の愛情で俺は虚無の彼方へと導かれた――

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