第81話 さよならを言わせて
今日は杉山先輩と会う約束をしている。
昨日、何度も連絡があり、長文メッセージを送ってきた杉山先輩。
ちょっとした怖さもあるので杉山先輩にはあまり会いたくはない。
だが、一応お世話になった恩もあるので黙ってブロックするわけにはいかない。
今日は話を聞いてささっと帰ろう。
弓花という彼女に夢中になっていることも直接はっきりと伝えれば、あまり連絡は来なくなることだろう。
「お待たせ~」
待ち合わせ場所で待っていると、杉山先輩が時間ぴったりにやって来た。
今は十一月で今日も肌寒い日だが、杉山先輩は胸元が大きくはだけた服を着ている。
見るからに寒そうなので厚手のコートのボタンを閉めてあげたくなる。
「カラオケで良いかな? 個室の方がゆっくりと話せそうだし」
「えっ、別にいいですけど」
昨日の話ではどこかのカフェで話そうと杉山先輩は提案してきたが、気分が変わったのか場所をカラオケにしてきた。
まぁ歌うというよりかは話したいみたいなので、目的は変わらずだが……
杉山先輩とカラオケに行き、案内された部屋へ入る。
椅子に座ると、杉山先輩も俺と肩が触れ合うぐらいの近さで真横に座る。
「近くないですか?」
「……嫌だった?」
「い、いや、その、違和感があったので」
俺が指摘しても特に距離を空けない杉山先輩。
俺に彼女がいなかったらちょっと興奮でもしてしまうかもしれないが、残念なことに恐怖の方が勝っている。
「会いたかった」
俺を上目遣いで見つめながら話し始める杉山先輩。
先輩は前屈みになって話すので、目下に先輩の胸元が大胆に見えてしまっている。
いや、むしろ見せつけているのか?
偶然というよりかは、俺にあえて見せている気がする。
「俺もまたお話できて嬉しいです」
「私も。卒業してからずっと藤ヶ谷君のこと気がかりだったから」
Eカップはありそうな大きい胸だが、弓花に比べると小さいと感じてしまう。
今はあまり胸には興奮しない時期なので冷静でいられる。
何故なら、先週は弓花と華菜の量胸に挟まれて宇宙へ旅立つほど堪能したからな。
てか、杉山先輩ブラ付けてなくない?
なんか見えちゃいけないものまで見えちゃってんだが……
「藤ヶ谷君と話していると安心する。やっぱりお互いぼっち同士だったからかな?」
残念ながら俺はそわそわしかしない。
去年の杉山先輩は一緒に居てもずっと黙っていて謎の安心感はあった。
でも大学生になった今の先輩はよく喋るようになって、俺への距離感もバグっている。
「藤ヶ谷君ってカッコイイよね。去年は自分に自信無くて話すどころか連絡先さえ聞けなかったけど、今ならちゃんと話せるよ。こうやってどう思ってるかもはっきりと伝えられる」
「別にカッコよくなんかないすよ」
杉山先輩は俺の身体にめっちゃ胸を当てながら話してくる。
あまりにも無防備であり、俺を誘っているように思える。
もし俺が弓花と出会わずこの場面を迎えていたら、そのまま抱きしめていたかもしれないな。
「……キスする?」
「何でですか!?」
突然の提案に驚く。
何を考えているのかこの人は……
俺に恋人がいることはけっこう前にメッセージ伝えているはずだが、そんなことは杉山先輩にとって関係無いのだろうか。
「そっか、個室とはいえカラオケだと外から見られちゃうかもしれないから恥ずかしいよね」
いや、見られるとか関係なく、付き合ってもいないのにキスするのは躊躇するだろ。
「もう行こっか? 藤ヶ谷君も苦しいよね?」
「そ、そうですね」
杉山先輩はもうカラオケを出る提案をしてくる。
気まずい空気による苦しさはあったので、これは助かるな。
杉山先輩が今日の分のお金を出すと昨日は言っていたが、何故か割り勘を提案された。
奢るって言ったじゃんとは言えないので、俺は渋々お金を払った。
「こっちに寄りたい場所があるの」
カラオケを出ると、杉山先輩は俺の手を取って先を歩く。
もう帰らせてくれると思っていたが、まだ解放してはくれないみたいだ。
「どこに行きたいんですか?」
「ここだよ」
「えっ」
杉山先輩が立ち止まったのは、カラオケの近くにあったラブホテルの前だった。
「い、いや、行かないですよ。何かの冗談ですか?」
「我慢しなくていいんだよ。自信が無くても大丈夫、私もそんなに経験ないし」
おいおい、まじかよ……
まさかの提案に驚くが、俺はまったく乗り気になれない。
もしかしたら彼女がいても別の女性とこういう場所へ入ってしまう人もいるのかもしれない。
だが、俺には弓花という何よりも大切な彼女がいるからな。
「すみません、行く気はないです」
「大学の人たちはみんな行く行くって喜んでくれるのに。入った後もイクイクって嬉しそうにしてくれるのに……そんなに私って魅力ないかな?」
「いや、先輩は可愛いと思いますよ。ただ、俺には大切な恋人がいるので」
「大学の人たちはみんな彼女がいても行ってくれるのに」
やはり杉山先輩は俺に彼女がいることをわかったうえで誘っていたようだ。
だが、ここではっきりと断れば、もう先輩は俺に興味を失せて連絡してくることがなくなるかもしれないな。
「俺は彼女のことが本気で好きなので」
「……なにそれ? みんな遊びだって? 私は遊ばれてるだけだって?」
「い、いや、そんなことは」
「そんなのこっちだって薄々感づいてたよ!」
はっきりと断ったら急に声を荒げ始めた杉山先輩。
情緒不安定なのはメッセージのやり取りの中だけではなかったみたいだ。
「ホテルでは私のこと好きとか言ってたのに、次の日には何度連絡しても既読つかないし! 久しぶりに連絡来て謝りたいからとか言われて会ったら、結局くっせぇち○ぽ咥えさせられるしさ!」
人通りのある場所にも関わらず、大きな声でとんでもないこと言っている杉山先輩。
誰かこの人を止めてくれ! もう恐過ぎるって!
「藤ヶ谷君ならこんな傷ついた私を優しく大切に愛してくれると思ったのに!」
大学デビューして友達が増えて幸せになったのかと思っていたが、杉山先輩はぼっちの時よりも不幸になってしまっている。
きっと無知だった先輩は色んな人から良いように利用されて、変な勘違いを起こしてしまったのだろう。
「もうなんなの! どうにかしてよ藤ヶ谷君!」
「すみません、俺にできることはなさそうです」
ここは同情にせずに冷たく突き放さないとな。
俺に依存されても困るし、今は自分のことで精一杯なので誰かを救えるほどの余裕もない。
「じゃあ、死んじゃえ」
「うぉっ」
杉山先輩は全力で俺を両手で突き飛ばしてきた。
予期せぬ行動に何の受け身も取れずに、歩道から車道へと転がり込む。
「……嘘だろ」
目前まで迫っている大型トラック。
必死に立ち上がって逃げようとしたが、間に合いそうにない。
この時間が遅れているような感覚も、きっと死の瀬戸際に生じるやつだ。
「くそっ」
弓花や華菜の顔が思い浮かぶ。
絶対に二人を悲しませるわけにはいかない。
俺はまだ死ぬわけにはいかないんだ――
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