第80話 時限爆弾カード


 俺は今、大きな後悔を抱いている。


 目の前の幸せばかり見ていて、面倒なことを後回しにしていた。

 そんな最低な自分にきっと罰が当たったのだろう。


 朝起きたら通知が二百件。震えが止まらない。

 通話に、短文メッセージに、スタンプ祭り。相手が明らかに不満を訴えている。


 抱えていた時限爆弾をまだ大丈夫と処理を後回しにしていたら、盛大に爆発してしまった。


 何故、俺がこんな目に遭っているのか……


 俺には杉山先輩という知り合いがいた。

 高二の時まで俺と一緒に昼休みを寂しく過ごしていた友達がいない根暗な先輩。


 先輩が高校を卒業してしまった今では、あの人が教えてくれた学校の隠れスペースで俺は弓花とイチャつきまくっている。

 特別に仲が良かったわけではなかったが、感謝はしている。


 そんな杉山先輩に先月スーパーでばったり出会い、連絡先を交換したことがあった。

 それからというもの、数日置きに長文ラインが送られてくるようになった。


 メッセージには最近どんなことがあったかが記されていて、最後には必ず久しぶりに二人でゆっくりお話したいから空いている日があったら教えてと締めくくられていた。


 俺は弓花のことで頭がいっぱいだったので、適当に返信することが多かった。


『そうなんですね。空いてる日ができたら連絡します』


 今になってラインを見返すと、ほとんどこの文章で返信をしていた。


 やっちまった……

 こりゃ杉山先輩の不満も爆発してしまうわけだ。


『ごめんなさい、自分のことで精一杯で何も手がつかない状態でした。俺もお話したいと思っているのは本当です』


 謝罪文を送ると一瞬で既読がついた。

 流石にこれ以上は申し訳ないので、面倒だが今度ちょっとだけ会ってそれで先輩を満足させるしかないな。


 既読はついたが返信がなかなか来ないので、もう俺に愛想を尽かしてしまったかもしれない。

 それはそれで万事解決なんだが……


 スマホが通知の音を鳴らす。

 これは何か嫌な予感がしてきたな。


 恐る恐るスマホを開いてメッセージを確認すると案の定、長文メッセージが送られてきていた。


【藤ヶ谷君、ごめんね心配かけちゃって。私は別に怒ってるわけではないから安心してほしいな。昨日の夜はちょっと寂しくなっちゃって、いっぱい藤ヶ谷君にメッセージとか送っちゃったの。迷惑だったよね? 嫌いになっちゃったかな? 嫌いになっちゃったら悲しいかも。あっ、でも返信してくれたってことは嫌いなわけじゃないんだよね? 返信凄く嬉しかったよ。返信無かったらどうしようと思ってたから。藤ヶ谷君は優しいから信じていたけど、ちょっと不安になっちゃって、またいっぱいメッセージ送っちゃうっていう悪循環に陥ってたかも。負のスパイラルってやつかな? なんかスパイラルって漫画めっちゃ好きだったの思い出しちゃった。主人公がすっごくカッコよかったの。あっ……その主人公、どことなくだけど藤ヶ谷君に似てるかも。クールな雰囲気とか、友達が少ないとことか(笑)。あ、友達が少ないのは別に悪口じゃないよ。友達の数より相手にどれだけ優しくできるかが大事だと思うし、藤ヶ谷君はそういう人だと思ってる。誰かとたくさん仲良くなるより、一部の人と仲良くなって大切にするタイプなんじゃないかな? 私はそういう人の方が良いと思うし、なんというかその……好きかな。大学生になってサークルとか入ったりして、ぼっちだった私にも友達がたくさんできたの。でも、みんな仲が良いというよりかは、なんかただ連絡先を知っているだけ。人数合わせとか、とりあえずたくさん人を呼ぼうって時にしか誘われなくて、こんな関係なら友達なんていなくてもいいかなって。会うとみんな友達だよねとか言ってくれるけど、行かないと付き合い悪いねってすぐに悪口言われて。友達が増えても面倒なことばかりで、ぼっちの頃の生活の方が楽だったなって今では強く思うの。だから、高校のぼっち時代の仲間の藤ヶ谷君のことが急に気になって、最近ではいつも藤ヶ谷君のこと考えている。恋しいってこういう気持ちなのかな? だから藤ヶ谷君に会いたいよ。お願い、私と会って、少しでも良いからまた話がしたいの……】


「うわぁああああ!」


 俺は叫びながらスマホをほっぽり投げて枕を抱きかかえる。

 こんな長文読むのしんどいぞ! どうなってんだよ!


 ヤバい、ヤバすぎる……

 杉山先輩がぶっ壊れてる。


 杉山先輩はいったい何がしたいのだろうか?

 自分語りどころか、自叙伝送ってきてるレベルだぞこれ!


 いったいなんなんだよ……

 あんな大人しかった先輩が大学生になってこんなことになってしまうとは。


 再びスマホが通知を鳴らしている。

 もう勘弁してくれよ……


【ごめん、ちょっと必死過ぎたかな? 引いちゃったりしてないよね? 私はただ藤ヶ谷君に優しくしてほしいだけなの、食事代もその後の場所代も私が出すから安心して!】


 これはあれだな。

 返信しないと無限に追加メッセージが送られてきそうだな。


「あれ?」


 今度はメッセージではなく自撮り写真が送られてきた。

 何故かセクシーな下着姿の先輩。腕を寄せて作っている胸元にはサインペンで会いたいなと書かれている。


「うわぁああああ!」


 ビビった俺はスマホを手裏剣のように投げ飛ばしてしまった。

 わけわかんねーよ、怖すぎるだろ……


 エロ通り越して、ホラーだったぞ。

 腕に何故か傷とかあったし。


 スマホは止まない通知を鳴らしている。

 いつ死んでもおかしくないような恐怖を感じる。


 床に落ちているスマホを拾うと画面が割れている。

 これは杉山先輩の呪いなのか、それとも俺が驚いて手裏剣したからなのか……


 答えはきっと前者だ。

 この呪いを解くためにも、俺は明日なら大丈夫ですよと返信する。

 こうでもしないときっと貴重なスマホが壊れてしまう。


『ありがとう! 本当に嬉しい。私の全部をあげるね』


 落ち着いてくれた杉山先輩は待ち合わせ場所や時刻を指定してくる。

 怖過ぎて震えるけど、ちょっと会ってすぐ帰れば大丈夫なはずだ。

 そうでもしないと、これがずっと続きそうだし勇気を振り絞るしかない。


「さっきからどうしたの咲矢?」


 弓花が心配そうな顔をして部屋に入ってくる。


「うわ~ん」


「よしよし」


 俺は弓花へ抱き着き、震えていた身体を温めてもらう。


「弓花もちょっと顔色悪くないか?」


「今日、咲矢と二度と会えなくなっちゃう夢を見てしまって朝から気分が悪いの」


「お、俺はずっと一緒だぞ……」


 弓花の身体を強く抱きしめて、不安を取り除いてあげる。


 そういえば前に弓花が、超有名女優が逮捕される夢を見たと言って、それが次の日に正夢になったことがあったな。

 もしかしたら弓花には予知夢を見れる能力があるのかもしれないな。


 あれ?

 何だか胸騒ぎがしてきたぞ――

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