第三部

第61話 最終防衛ライン


 弓花とキスをしてしまってから一日が経った。


 あの瞬間から俺の心は浮ついていて、何も手につかない状態だ。


 やってしまった自分を責めるが、もう何をしたってどうしようもない。

 たとえ五兆円用意したって過去には戻れないのだから……


 なら、開き直るしかない。

 前に進むしかないのだ。


 コンコンとノックの音が聞こえたので、扉を開ける。

 すると、弓花が問答無用といった様子で部屋に入ってきた。


「何の用だ?」


「おはようのキスをしに来たのだけど」


 弓花の発言を聞いて俺は回転しながらベッドにダイブする。


 もうリミッターが外れていやがる……


「そんな簡単にキスなんてできるか」


「もうキスという一線は越えてしまったのだから、これから先は躊躇する必要はないわよ」


「あれはライブ後で舞い上がっちゃってて俺が俺じゃなくなってた。一線越えたように見えたけどあれはオフサイド。ノーカンだ」


 自分でも理解できない意味不明な言い訳をしてしまう。


「ふ~ん、咲矢はライブ後なら誰とでもキスをするのね」


「違う、弓花だけだ。弓花が好きすぎて我慢できなかった」


「最初からそう言いなさいよ。まっ、咲矢の気持ちは聞かなくてもわかってたけど」


 ベッドに座り、俺を見つめてくる弓花。


「兄妹とか家族でキスするのは別に不思議なことではないわ。子供の時にキスしたっていう兄妹もいるわけだし、外国の家族とか凄くフレンドリーで挨拶にキスとかするでしょ」


「そうだな」


 弓花は俺を安心させるために、家族でキスすることは不思議ではないと説得してくる。

 その通りだなと誘導されるが、これはお得意のマインドコントロールだ。


「だからそこまで自分を追い詰める必要はないわ。家族ならキスをしても不思議ではない。それに私はキスなんて序の口だと思っているしね」


 弓花はキスよりも、その先のことに興味を抱いているみたいだ。

 そこまでしちゃったら俺はもう終わりなんだけど。


「だからほら、おはようのキス」


 俺に抱き着いて顔を近づけてくる弓花。

 もう逃げられそうにない。


「キス! きーす~」


「勝手にしてくれ」


「じゃあ勝手にする」


 弓花はキスをしてきたので俺は拒否せず受け入れて、弓花の身体を抱きしめた。


 柔らかい唇が重なり、一気に目が覚める。


 うやむやとなった思いが晴れて、あっという間に心が満たされる。


「ねぇ、今どんな気持ち?」


「幸せです」


「私もよ」


 まるで新婚夫婦のようにラブラブな二人。

 こんなところを母や華菜に見られたら終わりだ。


「家ではほどほどにしろよ。万が一ってこともあるし」


「私を誰だと思っているのよ。ちゃんと二人が下の階にいるの確認してるから」


 俺よりも警戒心が強かった弓花。

 この様子なら今後も安心してキスができそうだ。


 いやいやキスしまくってたら、色々とハードルが低くなってしまうだろ。


「キスしてこんなに幸せになるなんて、その先は私どうなっちゃうんだろ……」


 何か妄想を始めた弓花が顔を真っ赤にしてくらくらしている。

 ちょっとヤバいけど、まじで可愛いなこの人。


「申し訳ないけど、これ以上先は無いから。俺は我慢するし」


「我慢すると言って結局キスしちゃった私の大好きな彼氏はどこの誰かしら?」


「俺です」


「正解です。我慢できなくなったら言ってね。私はいつでもあなたを受け入れるから」


 相手はもはや女神の領域。

 強すぎるな……これは勝てない。


 このままでは一つになってしまうのも時間の問題だ。


 だが、俺は負けず嫌いなので勝つための作戦を考える。

 正攻法で向き合ってしまっては絶対に勝てないからな。


「俺は負けない。弓花に勝ってみせる」


「上等よ。私も咲矢に勝ってみせるわ」


 弓花も俺と同じで負けず嫌いだ。

 自分が勝つためには何でもしてくるだろう。


 相手への侵入を許してしまったが、まだ最終防衛ラインは越えられてはいない。


 ここから先はライン際の激しい攻防が繰り広げられていくことだろう。

 俺は残された最後の一線を守り切ってみせる――


「胸でも触ってみる?」


 大きな胸を両手で寄せて、さらに大きく見せてくる弓花。


 こんなん、かてっこないよん……

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