第62話 危険な誘い
「お姉ちゃん、準備できた?」
「あとちょっとよ」
お昼を迎え、弓花と華菜が楽しそうにしている。
今日は二人で遊びに行くらしい。
これは姉妹初の出来事なので俺は嬉しく思う。
少し前に弓花から誘われたが俺は断った。
一度二人きりで遊んで仲をさらに深めてもらいたいと思ったからだ。
「咲矢は今日は家にいるの?」
準備を終えた弓花がリビングに座っている俺に話しかけてきた。
「ちょっと出かける」
「誰と?」
「一人で」
俺は弓花に余計な不安をもたらさないために咄嗟に嘘をついたが、弓花の視線は俺を疑っている。
「安心してくれ。弓花が傷つくようなことはしない」
ただ女子と会って話をするだけであり、俺に下心等は一切無い。
弓花しか好きにはなれないからな。
「そう。なら咲矢を信じるわ。別に咲矢が何をしようが、私の気持ちは変わらないけど」
弓花は俺が何をしても良いというスタンスを貫いている。
だが、俺が他の女子と浮気でもしようものなら絶対に傷つく。
俺には怒らないで、その相手に怒るタイプだ。
「じゃあ行ってくるわね」
弓花は俺の前から去り、玄関にいる華菜の元へ向かった。
そして俺もある女性へ会うために準備を始める。
▲
一人で電車に乗り、三駅進んで降りる。
あまり馴染みのない浦和駅という場所に降り立つと、改札の外で待っていた可愛い女の子が俺の元に寄ってくる。
「おは~咲矢君」
シャツの上にパーカーを羽織り、短いスカートを着こなすラフな格好の心春。
向こうもデートというわけではなく、軽く会うというスタンスが服装からも表れていて俺は少しホッとした。
「待たせたか?」
「ぜんぜん。集合時間よりも十分早いし。そんな咲矢君の行動を予測して、あたしも十分前に来たのでした」
俺とは違って緊張もせずに軽い口調で話す心春。
俺は友達に会うにしても女子という相手は緊張してしまう男だったが、弓花のおかげで慣れたこともあり心に余裕ができている。
今日は前から心春が休日に時間作って会おうと言われていた約束を消化する日だ。
心春に相談したいこともあれば、心春が相談したいこともあるらしい。
弓花とキスをしてしまい、いつ一線を越えても不思議ではない状況に陥ってしまった。
弓花とは違う女性と会うことで、冷静に自分を見つめ直すきっかけにもなるかもしれない。
「行こっか?」
「どこに? カフェとか?」
「あたしの家だけど」
「は?」
心春の答えに俺は口がぽかーんと開いてしまう。
完全に予想外の回答だった。
「だって、ちょっと離れた駅とはいえ同じ学校の生徒がいないわけではないもん。もし誰かにあたしとカフェにいるところ見つかったら咲矢君終わるよ?」
俺と弓花が付き合っていることを公表してしまったため、同級生の生徒に見つかるわけにはいかない。
「そうだけど家ってのは……」
「大丈夫だよ。話すだけだし」
流石に同い年の女性の家に二人でというのは色々と不味い気がする。
心春はただの友達だけど、異性ではあるわけで……
「俺なんか迎え入れていいのか?」
「あたし咲矢君のこと信用してるし。それにお父さんも今日は夜まで帰ってこないって言ってたから」
心春は何の問題もないらしい。
信用されているのは嬉しいことだし、俺が何もしなければ大丈夫なはずだ。
「だって、家であたしに何かしてくるほどのチャラ男だったら、とっくに長澤さんに手を出して一線を越えているでしょ?」
「そりゃそうだ」
「だから、あたしは何にも心配してないよ」
そう、俺は弓花の怒涛の誘惑を乗り越えて、ラインギリギリを渡り歩いている男。
その努力が他の人への信頼にも繋がったようだ。
「さっきも近くで四組の鈴木さん見たよ。あたしの家以外選択肢ないと思うけどな」
「じゃ、じゃあ行くか」
心春の家は駅から数分で行ける距離にあるらしい。
少し周りに目を配りながら向かい始める。
並んで歩いといると、心春は急に立ち止まった。
「ごめん昼食べてないから、ちょっと食べてっていい?」
心春は出店のようなケバブ屋の前で立ち止まる。
意外なチョイスに俺は少し驚いた。
俺や弓花のような潔癖症なら絶対に屋台のケバブとか食べないからな……
「いいよ。俺は食べたから買わないけど」
「ありがと。ちょっと待っててね」
心春はケバブ屋の前に立つと、オーコハル~と陽気な店員さんに挨拶されていた。
どうやら常連のようだな。
心春はケバブを買って、店の横のスペースで食べ始める。
口を大きく開けて、ケバブも思い切り頬張っている心春の姿は何だか股間に響くものがある。
上唇にソースを付けて、肉をがっつりと。まさに肉食系だ。
何だかちょっとエロく見えてしまうのは、俺が変態さんだからだろうか……
「前にダイエットしてるとか言ってたけど、もう止めたのか?」
「お父さんに痩せすぎだって言われたから止めたの。お父さん心配させたくないし」
どうやら父の一言で考えを変えたらしい。
父に心配をかけたくないという姿勢は、心春の人柄の良さが表れているな。
ケバブを食べ終えた心春は、鞄からウェットティッシュを取り出して口元を拭いている。
その姿勢は清潔感があって好感を持てた。
「お待たせ。じゃ、行こっか」
心春と再び家に向かって歩き出すが、距離が少し空いているが何故か無性に気になる。
普段は弓花がべったりとしてくるので、少し寂しさを感じてしまっているのだろう。
相手は心春なので、そういう感覚を切り替えなければならない。
「危なっ」
前から歩道を走ってくる自転車。
心春は前を向いていなかったので俺は慌てて隣にいる心春の肩を抱き寄せて、道を開けた。
言葉で説明するよりも、身体が先に動いてしまっていた。
「ご、ごめん」
急に抱き寄せてしまったので、俺は慌てて心春に謝る。
恋人でもない男に抱き寄せられたら気持ち悪いと思うかもしれない。
「うーうん、ありがと」
心春は嫌な顔一つ見せず、むしろ感謝を述べてきたので安堵した。
「咄嗟に女性を抱き寄せるなんて、咲矢君は女慣れしてるね」
「毎日超絶可愛い弓花の相手をしているからな」
「チャラいねその発言」
「だな。嫌われてもおかしくない」
美少女と毎日共同生活していることで、女性への対応力は向上しているようだ。
以前の俺だったら何も言えずに行動もしないであたふたしていたかもしれない。
「あたしは慣れている人の方が安心するから大丈夫だよ。長澤さんと出会ってからの咲矢君って余裕というか大人っぽさが見えてきて、凄く魅力的になった」
心春に気恥ずかしいことを言われたので、俺は思わず目を背ける。
少し成長した気になっていたが、大人の余裕ってのはまだまだ身についてはいないみたいだ。
そろそろ心春の家に着くが、どこか緊張してきたな……
たとえ俺にその気が無くても、向こうから誘惑してくる可能性がほんの微かにある。
だが、日頃から弓花の誘惑に耐えている俺なら大丈夫なはずだ。
「……やっと、できるね」
少し微笑みながら独り言のように呟いた心春。
「何がだ?」
「着いたよーん」
答えは言わずに、家へ辿り着いたことを教えてくれる心春。
どこか胸騒ぎがするが、もう心春の部屋へ入るという選択肢しか残されていない――
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