第58話 プチ修羅場


 朝のホームルームで、先生がSNSの利用についての注意喚起を行っていた。


 どうやら、一年生の誰かがファミレスでのマナー違反行為の動画を投稿してしまい、炎上してしまったようだ。


 クラスメイト達はその話を聞いて、バカだのアホだの嘲笑っている。


 だが、俺はその話を聞いて笑えずにいた。

 それだけ自分に余裕がないのか、もしくは他人事とは思えないからか……


「どしたの、難しい顔して。咲矢君も何かお馬鹿ツイートしちゃった?」


 心春に話しかけられる。どうやら俺は難しい顔をしていたらしい。


「いや、俺はそもそもSNSで投稿したりしないからな」


「エロ垢に騙されてお金振り込んじゃったとか?」


「あんなの騙されるやついないだろ」


「エロ垢見に行ったことあるんだ~」


 心春の罠にまんまと引っかかり、からかわれてしまう。

 そりゃ男なら誰しも一度はツイッターで、○んことか検索しちゃうだろ。


「あたしの裏垢教えてあげようか?」


「裏垢なんて持ってないだろ。あんなの都市伝説だ」


「あるよ。エッチな写真載せてお金貰ってる。教えてあげよっか?」


 あからさまに冗談だが、心春ならワンチャンありそうという魅惑がある。


「別に見ないけど、後でスマホにアカウントIDを教えてくれ。何もしないけど」


「めっちゃ見るじゃんウケる」


「絶対見ないから」


「まっ、そんなのやってないけどね」


「やっとけよ」


 クラスメイトがそんなのやってたら誰だって興奮する。

 だが、そんなのは夢の話らしい。


「まっ、そんなことだろうと思ったよ」


「嘘くさ。でも、そんなに見たいなら咲矢君用のアカウントでも作ってあげよっか?」


「いいよ別に、三週間後ぐらいで」


「よくないじゃん! まじ咲矢君矛盾ばっかでウケる、正直者で可愛い」


 心春と楽しく会話していると、弓花から反省文三枚というメッセージが届いていた。



     ▲



 三時間目の授業は体育であり、マラソンをすることになった。


 ただグラウンドを走るだけだが、男性陣は走る弓花の揺れる胸をチラチラと見ていて腹が立つ時間となっていた。


 相変わらず心春は授業をサボっている。

 体育教師の先生と仲良く話しているので、全然体調は悪そうに見えない。


 心春のような先生と仲良くできる生徒はテストの点数が悪かったり、授業をサボったりしても成績を極端に悪くされたりはしない。

 だから平気でサボっていられるのだろう。


 先生も人間だ。

 仲良くしてくれる可愛い生徒に無意味に嫌われたくないから、そういうことはしない。


 俺が先生だったら可愛い子の成績はちょっと上げちゃうと思うしな。


 その習性を理解しているのか、心春は仲良くして得をする人には仲良くしている傾向がある。

 現金な女だが、それが上手な生き方でもある。


 そんな心春に俺も仲良くされているわけだが……


 俺と仲良くして何か得でもあるのだろうか。




 マラソンを終えた俺はそのまま水道に向かう。


 負けず嫌いな俺は授業でも手が抜けないので、比較的上位でゴールしていた。

 他の運動部が本気を出していればもっと下位だった思うが。


「咲矢君、お疲れ~」


 水道の水で汗を流していると、暇をしていた心春が俺の元に来る。


 ポケットからタオルを取り出している心春だが、その背後から弓花が早歩きでやって来た。


「私の彼氏に何か用かしら?」


「あれれ、早いね」


 弓花の存在に驚く心春。

 どうやら女生徒は男子と違って走る距離も短いために、終わる時間も一緒のようだ。


「お疲れ様、咲矢」


 弓花からタオルを渡される。

 弓花の匂いがして癒されるな。


「木下さん、この際はっきり言うけど、あまり咲矢と話してほしくないのだけど」


 初めて弓花と心春が話すところを見るが、状況は良くない。

 というか修羅場みたいになっている。

 しかも最初からクライマックスみたいな状況だ。


「あたしが誰と話そうがあたしの勝手だと思うな~」


「あなたが誰と話そうが、勝手なのは知ってる。ただ私は咲矢と話されると不快になると言っている。あなただって人の彼氏にちょっかい出されたくないでしょ?」


「……そうだね。あたしに彼氏がいたとして、その彼氏に長澤さんが積極的に話しかけていたら嫌かも」


「そういうことよ。話がわかる人で助かったわ」


「ごめんね長澤さん、周り見えて無かったかも。反省します」


「わかってくれればいいのよ」


 意外にも心春が素直に弓花へ謝ったので、弓花は拍子抜けしたのか居心地を悪そうにしている。


 それにしてもドキドキした瞬間だったな。

 別に俺は浮気してないけど、何か問い詰められたような気持ちになったぞ。


「色々事情があるみたいだけど、頑張ってね長澤さん。あたしは素直に応援してるから」


 心春は特に怒りも悲しみもせずにこの場を去っていく。

 どこか大人の余裕のようなものを感じた。


「ちょっと咲矢」


 焦っている弓花から脇腹を肘で殴られる。


「ど、どうしました弓花さん」


「木下さんに私達が双子であることを言ってないでしょうね」


「……けっこう前に言ったけど」


 俺の回答を聞いて頭を抱えている弓花。


「心春は秘密を守る優しい奴だから大丈夫だよ。さっきも弓花の意見を真摯に受け取めて反省してただろ」


「……彼女が本当に優しい人なら問題はないのだけど、どうかしらね。私は少し嫌な予感もするけど」


 心春は弓花に強く言われたからといって双子ということを言いふらしたりはしないだろう。


 だが、前に心春は自分のことを良い子じゃなくて悪い子だと言っていたので、不安が無いわけではない。


 少し心配になったので、休み時間に心春にメッセージで弓花が強く言っちゃってごめんと代わりに謝っておこう。


「そういう弓花だって誰かに相談してたりしないのか?」


「私は……」


 やはり俺と同様に、誰かに相談している様子の弓花。


「私はネットで知り合った同い年くらいの女性だから、私達に何も影響は及ぼさないはずよ」


「そっか……」


 ネットで知り合った相手がどんな奴なのか、少し気になるなと思った。

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