第57話 あと一歩先に


 朝目覚めると一人だった。


 昨日は弓花と華菜の三人で寝たはずだが……先に起きているのかもしれない。


 部屋を出てリビングに向かう。

 ソファーには座っている弓花と、その弓花に抱き着いている華菜の姿があった。


「おはよう」


「おはよー」


 俺がおはようと挨拶すると、二人は声を揃えておはようと返してきた。


「あっ、占い三位だ。ラッキーアイテムはハンバーグだって」


 いつもの占いコーナーを見ている華菜。


「なら、今日の夕食はハンバーグにしましょうか」


「いいの?」


「ええ。お母様が帰ってくるのは夜遅いと言っていたし、私が作るわ」


「やった、お姉ちゃん大好き!」


 弓花の優しさに包まれ嬉しそうにしている華菜。

 仲良くなるのは一瞬だったな。


 まぁそれもそのはず。

 華菜が大好きな俺と弓花は双子であり、そっくりさんだ。

 大好きな人とそっくりさんである弓花を好きになるのは必然とも言える。


「どうしたの咲矢? そんなところで突っ立てて」


「仲良くなって微笑ましい光景だなと思ってな」


 弓花と華菜が仲良くなることは良いことだ。

 二人とも俺に構ってくれなくなったら、ちょっと寂しい気もするが……


「華菜ちゃんが取られて寂しい?」


「心読むな」


「こっちに来なさい咲矢」


 弓花は俺を手招いて、自分の横に座らせてくる。


「お兄ちゃん~」


 華菜はすぐに俺に抱き着いてきて、弓花ももう片方の俺の腕に抱き着いてくる。


「安心しなさい。二人ともあなたのこと大好きだから」


「俺も二人のことは大好きだ」


 藤ヶ谷家は幸福に包まれる。


 だが、安心はできない。

 二人は俺にとって姉妹だしな……


 このまま二人に愛されて過ごすのは危険であり、道を踏み外しかねない。

 いや、もう半歩ぐらい踏み外してね?



     ▲



「私、今最高に幸せだわ」


 登校中に弓花は俺を見て感慨深そうに話す。


「咲矢がいて、華菜ちゃんもいて、お母様も優しいし……贅沢過ぎる環境だわ。お父さんが亡くなって私の人生どうなるかと思ったけど、みんなのおかげで幸せに過ごせてる」


「母に感謝だな。母が弓花を呼んでくれたし」


「そうね。母の日は盛大に感謝させてもらうことにするわ」


「だな。喜ぶと思うぞ」


 華菜とも打ち解けた弓花に、もう不安材料は残されていない。

 幸せを実感するのも納得できる。


 弓花は俺の手に抱き着こうとしたが、俺は慌てて離れる。


「ちょ、ちょっと」


「今が幸せなら、今のままでよくないか?」


 弓花は俺と一線を越えたがっている。

 だが、幸せを実感しているのなら無理やり危ない橋を渡る必要はないと思ってくれるはず。


「よくないわ」


「何でだ?」


「私は咲矢のことを愛しているからよ。恥ずかしいから言わせないで」


 弓花は顔を赤くして抱き着いてくる。

 そんな可愛い表情を見せられたら、もう離れることはできない。


「それに人は慣れてしまう生き物。今が幸せでも、もっと幸せになりたいとどうしても思ってしまう。だから私は、いつまでも咲矢を求めると思う」


「強欲だな」


「なんとでも言って頂戴。私は私が正しいと思う道を進むだけだから」


 どれだけ自分が幸せになろうが、俺を求めることは変わらないらしい。


 きっと宝くじで大金が当たっても、遠くの場所に引っ越すことになっても、世界が滅亡に向かおうとも、弓花は俺を求めるのだろう。


 弓花は環境が大きく変わろうとも、俺への気持ちは変わらないということだ。


 これほど嬉しいことはないが、相手は他人ではなく双子という……


「咲矢はもう私に愛想でも尽かしちゃった?」


「そんなことあるわけないだろ。弓花より好きな人はいないし、今後もできない」


「あら、嬉しいこと言ってくれるじゃない」


 弓花はご褒美よと言わんばかりに、胸を俺に押しつけてくる。


「俺はきっと弓花以外の人とは幸せになれないよ」


「私も同じ。だからあなたが必要なの」


 俺はこれからどうしていけばいいのか答えが見つかっていない状態だ。


 弓花は答えを出していて、それは何にも縛られず俺を愛することだった。


 俺もその回答に合わせれば、きっと大きな幸せが訪れる。

 けど、果たしてそれは本当の幸せなのだろうか……


 こんな答えが無い問題をどう答えればいいのか。


 俺は今、無回答というズルをしているだけ。

 ジャッジをずっと先延ばしにしている。


「安心して。あなたが悩んだ末に出した答えは尊重するし、きっと正しいから」


 双子の弓花は俺の表情だけで何を考えていたのかわかってしまったようだ。

 そして、優しい言葉で俺を安心させてくれる。


 その時に、少し答えが見えた気がした――

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