第54話 モテ期


 朝の登校時間。

 弓花は俺と手を繋いだりはしないが、肩が触れ合うほどの近い距離で横を歩いている。


 他生徒から羨ましそうな視線と、何であんなやつがという怒りの視線が浴びせられる。


 今までは影に徹し注目を浴びない学校生活をしていたため、どこか落ち着かないな。


「長澤さんおはよー」


 下駄箱に着くと、弓花はクラスメイトの女子に挨拶されている。


 隣にいる俺は華麗にスルーされている。

 別に悲しくなんてないし、平常運転だし、涙なんて一滴しか出ないし。


「おはよう」


 弓花は表情一つ変えずに挨拶を返した。

 俺の前以外は相変わらず無愛想過ぎるな。


「朝から彼氏さんと仲良いね」


 嫌味にも聞こえそうなクラスメイトの一言。

 会話が続かないのか、無理やり彼氏である俺の話題を出したみたいだ。


「いつも一緒にいないと落ち着かないの」


「そうなんだ……」


 弓花のお惚気に引いているクラスメイト。

 弓花がクラスメイトからそこまで煙たがられないのは、イケメンや人気な生徒ではなく地味な俺を彼氏にしたからだろう。


 イケメンと付き合って校内でも一緒にいれば同性から調子に乗っていると思われるが、特に映えない俺と一緒ならどこか安心感があるというか、下に見れるところがあるので受け入れられるのだろう。


「咲矢君おはよー」


 背中をタッチされて振り向くと、心春の姿があった。


「おはよう」


 心春は心春で隣にいる弓花には挨拶をしない。


「相変わらず無愛想だね」


「心の中では笑顔だよ」


「嘘くさ」


 心春と話していると弓花から睨まれてしまったので、靴を履きかけている心春を置いて二人で教室へ向かった。



     ▲



 三時間目の授業。

 数学の先生が唐突な体調不良のため自習となった。


 特に代わりの先生は用意されず、教室は放置状態となった。

 そのため、多くの生徒は小さな声で私語をしたり、スマホを操作する生徒で溢れた。


 俺もスマホを覗くと、驚くことになんと三人からメッセージが来ていた。


 弓花と隣の心春と昨日偶然出会って連絡先を交換した杉山先輩。

 一度に三人の女性からメッセージが届くとかモテ期かよと少し嬉しくなった。


【ビチ下さんと喋らないで自習に集中すること】


 弓花からのメッセージは警告だった。

 朝の一件もあったので先手を打ってきたようだな。


 俺はわかりましたと弓花に返信をすることに。

 ちょっとした束縛だな。


【昨日送った写真興奮した?】


 弓花に気を使ったのか、弓花の警告を先読みしたのか、隣にいる俺に話しかけずにメッセージを送ってきた心春。


 心春は俺のことを見向きもしないので、弓花に怪しまれずに済む。

 何も怪しいことはしていないが、俺の方を見てスマホを弄られると弓花に怪しまれるからな。


 俺は【特に興奮しなかった弓花で慣れてるし】と返信する。


 昨日は心春から心春に似た女性の下着姿の写真が送られてきた。

 弓花と出会う前までの俺だったら死ぬほど興奮していただろうが、今はもう下着姿の写真を見ても何も感じない。

 弓花とお風呂にも入って、女性への免疫は高まっている。


【そっか~残念。もっと過激なの送らないと咲矢君は満足できないんだね】


 俺はもう誰かの写真に騙されないぞと返信した。

 またネットから拾った写真を送られてきても困るだけだからな。


【わかりました。次はちゃんと自分の過激な写真送りつけます】


 心春からの返信メッセージに頭を抱える。


 これでは俺が挑発しているみたいだ。

 下着姿の写真より過激なのはもうエロ写真なので、そんなものは送られたら色々とまずい。


 俺は自分を大事にした方が良いよと返信を送ることに。

 心春の過激な写真に興味はあるが、処理に困るからな。


【わかった。言われた通り自分を大事にするね】


 心春の返信に安堵する。

 どうやらわかってくれたようだな……


 少し引っかかる言い方だが、深読みする必要はないだろう。


 心春とのメッセージが一区切りついたので杉山先輩からのメッセージを確認することに。



【藤ヶ谷君久しぶり、杉山明希です。昨日は突然会ってお互いびっくりしちゃったね。最初は凄い運命かもって思ったけど、でも同じ高校だったってことは近いところに住んでいるわけだし、そこまで可能性の低い話じゃなかったね。私のこと覚えてないのかと思ってショック受けそうになったけど、私が変わっちゃってたね。やっぱり大学生になったから、色々とオシャレしなきゃと思って、化粧したりお洋服買ったりと忙しくて。でも、藤ヶ谷君に綺麗になったって言われて凄く嬉しかった。大変だったけど、その言葉だけで全部報われたよ。外見は変わったかもしれないけど中身は地味なままだから、大学のパリピさん達についていけなくて困惑中なの。最初は無理にでも合わせようとしたけど失敗しちゃって、変に取り繕うのは止めようって。藤ヶ谷君は変わらずだったね。相変わらずちょっと恐そうだったけど、よく見るとカッコイイし声も好きだったな。久しぶりに見て、何かホッとしちゃった。今度、一緒に遊ぼうね。私、今テニスサークルに入っててテニス道具とか買ったから一緒にテニスやりませんか? ぜんぜん上手くなれなくて藤ヶ谷君と遊びながら練習したい。サークルに入ったけどテニスするより飲み会の方が多くて、ぜんぜんできないんだよ~。とりあえずは藤ヶ谷君とお話したいから、近い内にお茶しよう。アルバイトしてるから、お金無くても私が奢るから安心して、私の方が年上でお姉さんだから負い目とか感じなくて大丈夫だよ!とにかく藤ヶ谷君と過ごしたいからさ……言いたいことたくさんあって長文になっちゃった、ごめんなさい。返信待ってます】



……



…………



………………



 ながっつ!? 

 杉山先輩からの長文メッセージにちょっと寒気を感じたぞ……


 とはいえ、大学生活を問題無く過ごせているみたいで安心はしたな。

 地味な感じの杉山先輩が俺は好きだったから、ちょっと寂しくもあるけど人は変わっていく生き物だからな。


 杉山先輩は俺が進学希望している大学に進学したので、大学の話は是非聞いてみたいな。


 今度、時間を作って話でも聞いてみることにしよう――

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る