第53話 最期の夜
弓花と一緒に音楽を聴いたりYouTubeで動画を観て過ごしていると、時刻は夜の十一時となっていた。
どちらかが口にしたわけではないが、俺は弓花と一緒に寝ようと考えていたし、弓花もそのつもりで俺を自分の部屋に呼んでいた。
昨日は俺のベッドだったが、今日は弓花のベッド。
俺と同じく潔癖症なので新品のベッドのように綺麗だ。
抜け毛一つ落ちていない。
「今日で二人きりの生活は終わりね。明日の昼過ぎには華菜ちゃんも帰ってくる」
「そうだな。この日を終えたら次はいつ二人きりで夜を過ごすことになるのだろうか……」
「……後悔はしたくないわね」
弓花は俺に抱き着いてくる。
今日で、家の中で何も考えずにイチャイチャできるのも最後となる。
弓花はここぞとばかりに俺に甘えている。
もちろん、華菜と母が同時に出かけることは今後もあると思われるが、それは年に数回の出来事。
今の内にできることはやっておいた方がいい。
「どうする咲矢?」
柔らかくて大きな胸を押しつけながら上目遣いで見つめてくる弓花。
選択肢は俺に委ねられているようだ。
「弓花はどうしたい?」
「……咲矢と夜が明けるまで愛し合いたい」
「明日も寝不足で休んだら駄目だろ」
「そうね。今日は大人しく寝ましょうか」
弓花は残念がると思っていたが、納得している様子だ。
「いいのか?」
「別に焦る必要はないと感じたのよ。私とあなたは、これから先ずっと一緒なのだから」
そのまま電気を消そうとする弓花を俺は止める。
弓花は疲れてもいるのか、今日は早く寝たいみたいだな……
「どうしたの?」
「疲れているのかもしれないけど、もう少し弓花と起きていたい。駄目かな?」
「ふふっ、いいわよ。今日の咲矢は甘えん坊ね」
弓花は俺の顔を大きな胸の中に埋めてきて、頭を撫でながらよしよししてくる。
「子供扱いするな」
「時には子供になって甘えるのも大事なことよ」
母性がある弓花さん。
一応、俺の方が兄みたいだが、多少は甘えてしまっても問題無いだろう。
「じゃあ、お言葉に甘えて」
「それでいいのよ。私も毎日、咲矢に甘えっぱなしだしね」
そのまま俺の肩を揉んでマッサージしてくれる弓花。
その手際は不自然なほど手慣れている。
「上手いな」
「よくお父さんにマッサージしてたから……」
弓花の答えに納得する。
男手一つで弓花を育てていた父には多くの苦労があったことだろう。
「力加減はいかがですか?」
「ちょうどいいです」
弓花は本物のマッサージ店のように質問をしてくる。
「痒いところはございませんか?」
「左乳首」
「かしこまりました」
「いや、冗談だから。本当に執拗にかかないでくれ」
弓花とふざけ合っているのも楽しいし幸せだ。
恋人なんて必要無いとか弓花と出会うまでは思っていたが、一度この幸せを知ってしまったら独りは寂しくなってしまうだろうな。
弓花のことを失いたくはない。
なら、俺も近い内に覚悟を決めなければならない。
「ふっ-」
「おわっ!」
唐突に耳に息を吹きかけてきた弓花。
思わず高い声が出てしまった。
「こういうことされるの好きでしょ?」
弓花はあなたのことはわかりきっていますという表情だ。
流石は双子、相手がされて嬉しいことも理解できているようだ。
「こういうことされるの好きだろ?」
「ちょ、ちょっと」
俺は弓花の脇腹をくすぐると嬉しそうに悶えている。
やはりくすぐられるのが好きなようだ。
「咲矢も私も互いがされて嬉しいこと、気持ちいいこと、嫌なこと、全て理解できる。こんなに相性が良いことなんて滅多に無いし、たぶんこの先同じような人は現れない。双子だから我慢しなくちゃいけない部分もあるけど、双子だからこそ最高の相手なのよね」
「……そうだな。双子じゃなかったらなんて考えたりもするけど、双子じゃなかったら俺達は分かり合えなかったはずだ」
「ええ。今はもう双子であることに感謝しているわ。現実逃避しないで、咲矢だけを見てる」
俺も弓花も出会ってからは幸福な気持ちと関係性を嘆きたくなるような複雑な感情を抱いていたが、今はもう向き合っている。
「それでも、俺と一線を越えたいと思うか?」
「私は清らかに生きていたいなんて考えない。真っ当な生き方をしていこうだなんてのも思わない。だって、そうしない方が幸せになれるのだもの。私にとって正しいことは、ただ、あなたを愛して、あなたに愛されるだけ」
俺は弓花と反して清らかであれたら、真っ当な生き方をしていけたらと思っている。
何故、そっくりな双子にここまでの考えの違いが生まれるのか……
それは互いの境遇の違いだろう。
弓花は父を亡くして一人になってしまった。
俺には両親もいて妹もいる。
弓花と異なり一人ではないのだ。
俺に全てを委ねたい、失うものは何も無い弓花。
反して俺は失うものがあるというか、背負っているものがある。
弓花の気持ちには応えてあげたいが、家族を傷つけるわけにはいかない。
このジレンマゆえに中途半端な態度になってしまい、答えを見つけだせないでいる。
「私は私の好きなように生きるから、咲矢も自分の好きなように生きて。私達は似ているけど同じではない、同じ生き方までしなくて大丈夫だから」
弓花は俺の不安を察してくれたのか、フォローの言葉をかけてくれた。
俺は電気を消して、弓花と静かに眠ることに。
俺達は互いの不安をかき消すかのように、向かい合って強く抱き合って眠りについた――
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