第50話 ビッチの匂い


 放課後になり速攻で校舎を出たのだが、弓花から買い出しメールが届いていたため家へは向かわずに小走りで駅前へと向かった。


 頼まれたのは調味料と飲み物だけだったのでそれほど時間はかからない。

 ちゃちゃっと済ませてしまおう。


 スーパーマーケットに入り、店内を早歩きで進む。

 早く弓花に会いたい気持ちが俺をせかしている。


「も、もしかして、藤ヶ谷君?」


 すれ違った女性から声をかけられる。

 俺は慌てて振り向いたが、目の前には知らない人が立っていた。


「やっぱり藤ヶ谷君だ」


 明るい茶髪のショートカット。

 白いシャツに水色のロングスカート姿。


 見るからに綺麗な大学生といった感じだが、俺はこの人を知らない。

 何で一方的に知られているのか……親戚だろうか?


「……すみません、どちら様ですか?」


「えっ!? ショック……」


 残念そうな顔を見せる女性。

 声はどこかで聞いたことがあるのだが……


「杉山明希だよ、本当に覚えてないの?」


「えっ、杉山先輩!?」


 まさかの人物だった。

 俺が一年の時に、数ヶ月だが一緒に昼休み過ごしていたボッチの先輩。


 今、弓花と昼休みに共に過ごしている場所を教えてくれた優しい先輩だ。


 だが、当時は長いおさげの黒髪で眼鏡姿だった。

 地味な女性という印象だったが、今は明るいイケイケの大学生になっている。


「めっちゃ大学デビューしてんじゃないですか」


「そっか……藤ヶ谷君はおさげ時代の私しか知らなかったね。今はコンタクトにして髪も短くして染めてるし、そりゃ気づかないか」


 もはや別人だが、話し方や声は去年の杉山先輩とは変わらない。

 女性はこんなに変われるものなんだと感心する。


「めっちゃ綺麗になりましたね。大学でもモテてそうです」


「そうかな……嬉しい。今は友達たくさんできて大学生活楽しいよ」


 どうやら杉山先輩はぼっち生活を脱出して、楽しい生活を送っているみたいだ。

 その話を聞いて安心できた。


「藤ヶ谷君、この後暇かな? 一緒にお茶しない?」


「あっー……今、家族が家で体調崩しててその買い物何ですよ。今からはちょっと」


「そっか、急に誘ってごめん」


「いや俺の方こそすみません。でも、大学生活楽しんでいてよかったです。ずっと杉山先輩がどうなったか気にしてたんで」


「……ずっと私のこと考えてくれてたんだ」


 杉山先輩は顔を赤くしている。

 言葉間違えちゃったな俺。


「じゃあ、連絡先交換しよ。また次の機会に」


「わかりました」


 俺は杉山先輩と連絡先を交換する。


 高校生の時は何度も話したけど連絡先は交換していなかった。

 断られたら昼休みにあの場所に居辛くなるという恐怖もあったからな。


「やった藤ヶ谷君の連絡先ゲット。高校生の時もさ、ずっと連絡先聞きたかったけど断られたら気まずくなっちゃうなと思って聞けなかったんだよね」


「あー俺も同じ気持ちでした」


「そっか……私達、ずっと同じ気持ちだったんだね」


 杉山先輩は嬉しそうにスマホを抱きかかえている。

 変わったのは見た目だけで、中身はあまり変わっていないみたいだ。


「それじゃあ、すみません俺行きますね。また今度」


「うん。また会おうね」


 まさか再び杉山先輩に会えるとは思っていなかった。

 居場所を与えてくれた先輩には感謝しているので、今度会う時は改めてお礼を言おう。


 今は弓花が待っているので、帰りを急いだ。



     ▲



「ただいま~」


 俺は家の扉を開けると、弓花が玄関まで走ってきた。


「おかえりなさい」


 俺の顔を見て幸せそうにする弓花。

 弓花を見て俺も幸せな気持ちになる。


「ごめんなさいね、おつかい頼んじゃって」


「別にいいよ。好きな人からの頼みなら苦じゃない」


「私の良い夫になりそうね」


「弓花の夫になることは確定なのかよ……」


 靴を脱ぎ終えると、弓花は俺の胸に倒れ込んでくる。


「体調はどうだ?」


「おかげさまで回復したわ。元々寝不足だっただけだけど」


「そうか、なら良かった。でも、無理はするなよ」


「うん。しないわ」


 弓花の頭を撫でると、俺にもっともっとという目で見てくる。可愛いな。


「あれ? 何か、ビッチの匂いと勘違い大学生の匂いがするわね……」


 俺の制服から匂いを嗅ぎ取ったのか、不満気な目を向けてくる弓花。


「獣かよ。てーか勘違い大学生の匂いってなんだよ」


「そのままよ。勘違いしている大学生」


 それが杉山先輩のことを指しているのなら弓花はもう能力者だ。

 透視能力が凄い。


「ビチ下さんと何かしてないわよね?」


「弓花が俺と付き合っていることを公言したから、弓花が休みの時に俺と心春が仲良くしてたらクラスメイトからの目がヤバいだろ。何もできないよ」


「ふふっ、作戦成功ね」


 してやったりという表情の弓花。


 学校では無愛想だが、俺の前ではコロコロと表情を変える。

 それがたまらなく好きだ。


「さぁ、夕飯の準備をしましょうか。今日はパスタにしようと思うのだけど」


「俺もパスタの気分だった」


「も~大好き」


 俺と気持ちが一緒だったことが嬉しかったのか、腕に抱き着いてくる弓花。


 さて、今日も二人きりの生活が始まる。

 油断はできない――

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