第49話 人にやさしく


 教室に入ると、心春が驚いた目で俺を見ている。


「おはよ、長澤さんは?」


「体調崩して休み」


「なるほどね。喧嘩したのかと思ったよ」


 心春は俺の回答を聞いて納得したようだ。


「俺と弓花は喧嘩しない。信頼し合っているからな」


「時に恋愛に喧嘩は必要なのだよ。喧嘩しても仲直りして、そうやって絆を深めていくパターンもあるの」


「それは俺達に該当しない。最初から絆があるからな」


「言うね~」


 心春に脇腹を突かれる。

 弓花がいない時に心春と話すのはどこか胸が痛いな。


 時間ぎりぎりに来たため、すぐに先生が現れてホームルームが始まってしまう。


 早く授業が終わってほしい。

 速攻で家に帰って弓花に会いたい。



     ▲



 昼休みになり、俺は弓花といつも共に過ごしている場所へ向かうことに。


 弓花がいないのなら教室で食べてもいいと思ったが、隣には心春がいるので楽しく話してしまう危険性があった。


 ただでさえ、弓花と付き合っていること公言した身だ。

 弓花が休みの時に他の女性と仲良くしていたら、バッシングも起きるかもしれない。


 もしかしたら弓花はそうなることも踏まえて付き合っていることを公表したかったのかもしれないな。


 俺はベンチに座ったのも束の間、弓花へと電話する。


 しかし、弓花は今もぐっすりと寝ているのか繋がることはなかった。


「やっほー」


「んなっ」


 俺の前に現れたのは心春。

 まさかついて来ていたとは……


「ごめん、ついてきちゃった。いつもここで長澤さんと昼休みを過ごしてたんだね」


 問答無用で俺の隣に座る心春。

 何を考えているか読めない人だな。


「内緒だぞ」


「わかってるって。てーか何ここ人気無さ過ぎてエロくない? ここでいつも長澤さんとイチャついてたの?」


「まーな」


「否定しないんだ」


 実際、俺と弓花はここで抱き合ったり肩を寄せ合ったりしているからな。


「よく知ってるね、こんなとこ。この学校に二年近くいて初めて知ったよ」


「俺が一年の時に教室に居場所無くて外でうろついてたら、三年生の先輩に教えてもらったんだ」


「女性の先輩?」


「そうだけど……」


「やらし~意外と抜け目ないね」


「別に杉山先輩とは何もなかったよ。今はもう大学生だし、連絡先も知らない」


 杉山先輩は元気に大学に通っているのだろうか……

 大学では頑張って友達作ると息巻いていたが、どうなったことやら。


「何か咲矢君も疲れた顔してない? 体調大丈夫?」


「妹は修学旅行で親も海外に行っていない。今は弓花と家で二人きりなんだ。色々と大変でな、疲れもする」


「何その激アツ展開! もう色々とヤりまくりじゃん、それで疲れてるの?」


 品性の無い発言をする心春。

 今の女子高生ってこんな感じなのか? 

 あんまり話したことないから俺の常識がずれているのかもしれない。


「耐えるのに疲れている」


「そっちか……お察ししますよ咲矢君」


 肩をポンポンと叩いてくる心春。

 弓花以外の女性に触られるのは、今では少し辛いな。


「昨日もギリギリだった。まじで危なかった」


「色々と限界っぽいね。もう時間の問題じゃん」


「そうなんだよ……ヤバい」


 立ち去ることなく食事を始める心春。


 スカートは短くてむっちりとした太ももが見える。

 真横にいるので胸の膨らみが露わになっている。


「どーしたのあたしのこと見て? エッチな気分になっちゃった?」


「悪いな。色々と我慢してるから、自然とそういうところに目が行ってしまう」


「あたしは平気だよ。あたしも咲矢君のことそういう目で見ちゃうこともあるし」


 にししと笑う心春。

 本心なのか、からかっているのかわからない。


 双子の弓花と違って心春の気持ちは理解できないからな。


「来週の休日空けといて、二人で遊ぼ」


「……いや、弓花に怒られるし」


「あたしの相談は聞いてくれないの?」


 冷たい目で俺を見てくる心春。

 断ったら怒るよという気持ちが透けて見える。


「相談とかなら聞くよ。遊ぼうっていうからさ」


「うんうん。じゃあ、空けといてね」


 足をバタバタとさせて嬉しそうにする心春。


「やっぱり咲矢君は優しいね」


「心春も相談に乗ってくれたからな。優しくされたら優しくする」


「あたしも同じ。優しくされたら優しくするの。現金な女だよね」


 前に心春は別に自分は優しくないと言っていたし、むしろ悪い子と言っていた。


 自分からは誰かに優しくせずに優しくされたら優しく返すという考えは、何もしない人よりは優しくあると俺は思うのだが……


「ちゃんと我慢しなくちゃ駄目だよ。長澤さんとの仲を大切にするならさ」


「わかってる。この身たとえ朽ち果てても、我慢してみせるさ」


「うんうん、その意気だ。ちゃんと我慢できたらあたしがご褒美あげるから」


「何だよご褒美って」


「それは次二人で会う時までの秘密~」


 心春に言われると何かエッチなことを期待してしまうな。

 そんなことは無いと思うし、あってはならないのだが。


「あっ、弓花から電話来た」


 スマホが音を鳴らして、弓花からの着信を知らせてくれる。


「じゃあ、あたしは邪魔になっちゃうかな。ばいば~い」


 心春は気を遣ってくれて、この場から去ってくれる。

 電話中に心春の声が聞こえてきたら弓花も怒るだろうからな。


『もしもし、愛してる』


 開口一番に愛を囁いてきた弓花。


「いきなりそんなこと言うなよ」


『嫌だった?』


「嬉し過ぎて困るってやつだ」


『なによそれ』


 その後は弓花と他愛のない会話を楽しみながら昼休みを過ごした――

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