第36話 マーキング


「あら、もう消えかかっているわね」


 弓花は俺の首を見て、昼につけた痣が治ってきているのを確認する。


「またつけるとか言うなよ」


「そうしたいけど、毎日つけるとなると手間がかかるわね……」


 恐ろしいことボソっと言う弓花。

 毎日噛まれていたらたまったもんじゃない。


「私の名前のタトゥーでも入れてもらおうかしら。物理的にマーキング作戦」


「鬼かよ」


「冗談よ。お揃いの何かを身につけて、お互いマーキングし合わない?」


「それは良い考えだな」


 弓花と俺でお揃い物を身につけるという、一気に温かい話に方向転換する。


「指輪とかネックレスとかか?」


「流石に校則が緩い高校とはいえ、主張の強過ぎるものは避けたいわね……小さいピアスなんてどうかしら?」


「いいんじゃないか。組み合わせのものを一つ買って、お互いの左右につけるっていう」


「最高ね。二人で一つ、私達にぴったりだわ」


 弓花と二人で駅前のショッピングモールに向かうことに。

 ピアスなんて開けたことないけど、弓花とお揃いなら悪くはない。


「耳につけるよな?」


「当たり前じゃない。口とかへそにつけたら怒るわよ」


 まさかの可能性を考慮したが、俺の心配は杞憂に終わったようだ。


「俺がお金出すから」


「いや、私が出すわ。私が言い出したんだし」


「絶対に俺が出す。異論は認めない」


「私が出すことは最初から決まっているの」


 どちらも譲る気配は無いので、苦肉の策でじゃんけんで勝った方が支払うことに。


「最初はグー、じゃんけんぽいっ」


 俺と弓花はチョキを出した。

 あいこなので勝敗は決まらない。


「あいこでしょっ」


 俺と弓花はパーを出した。

 あいこなので勝敗はまたも決まらない。


「あいこでしょ」


 俺と弓花はパーを出した。

 ここまであいこが続くとは思考や判断力が同じなのだろうか……


「……二人で払うか」


「そうね」


 双子の俺達はじゃんけんも同じ手を出してしまうようだ。

 それが少し嬉しくて、味わったことのない幸福な気持ちに包まれた。



 ピアスの売っている店に入ると、平日で暇をしていた女性の店員がこちらに向かってくる。


「カップルさんですか? 何をお探しで?」


「カップルではないのですが、お互いに超好きです。二人で一緒につけるピアスを探しにきました」


 意外にもカップルと名乗らず、ありのままを話す弓花。


「えー両想いなら付き合えばいいのに。こういう時は男子が自分からいかないと」


 人懐っこい女性店員からアドバイスを受ける。

 余計なお世話だっつーの。


「もっと言ってやってください」


「彼氏候補さん、今告白してください。そうすれば割引します」


 ヤバい店員に絡まれたな……


 だが、弓花はこの状況を笑っていやがる。


「咲矢、割引してもらって良いピアスを買いましょう」


「このやろ……」


 俺と弓花は両想いであり、学校でも家でも一緒なので付き合っている前提で行動していた。

 だが、正式には付き合おうと宣言したわけではない。


 こうやって毎日放課後デートをしていることもあり、わざわざ改めて付き合おうと発言するタイミングは無かった。


「気持ちはわかっているのに、追い込んでごめんなさい咲矢。でも、あなたの口から直接聞きたい言葉が私にはあるの」


 俺は紛れもなく弓花のことが好きだし、弓花もその気持ちは同じだ。


 成功率99%の告白ほど安心できるものはない。

 それでも緊張というものは多少感じる。


「……弓花、大好きだ。付き合おう」


「知ってる。私も大好きよ」


 俺の言葉を聞いて幸せそうにする弓花。

 恥ずかしい瞬間だったが、弓花がこんな幸せそうにするなら、改めて言ってよかったと思える。


「よく言ったわね。よしよし」


 俺の頭を撫でてくる弓花。


 二人だけの世界を楽しんでいたが店員さんが俺達を凝視していた。


「私からも改めて言うわ。咲矢のことが大好きだわ、付き合ってもらえないかしら」


「もちろん」


 双子だから言わなくてもわかることがある。

 付き合うとわざわざ口にしなくても、俺達は恋人のようになりたいと察して、自然とカップルになっていた。


 けど、互いの気持ちを理解していても、言葉にして欲しいことはあるみたいだ。


「もう半額でいいわ。眩し過ぎて目がくらんだし」


 店員さんは目を押さえながらフラフラとしている。


「こんなバカップル見てて嫌にならないんですか?」


「恋愛は馬鹿にならないと面白くないのよ少年」


 店員さんは俺の肩に手を乗せてアドバイスを送ってくる。

 暇なのかノリがいいのか知らんが、この人の距離感は凄いな。


 その後は俺と弓花でピアスを吟味し、ストーンのついた小ぶりのピアスを買うことにした。


 値段は一万円もしたが、半額になって五千円。

 そこからさらに割り勘で一人二千五百円になった。


「はぁ~幸せ」


 弓花はピアスの入った袋を持って、幸せを噛みしめているようだ。


「そんなに嬉しかったのかピアス?」


「それもあるけど、咲矢の想いと私の想いをちゃんと伝えられたのが嬉しいの。好きな人から告白されるのって本当に幸せなことなのよ」


「それもそうだな……」


 弓花の幸福な気持ちを俺は理解できる。

 俺も幸せを感じているからな。


 だが、二人の距離が近づけば近づくほど危険な香りが立ち込めてくるのが俺達の関係だ。


 突然UFOでも現れて俺達をこの世界から連れ去ってほしいなと現実逃避をしてみるが、目の前の現実は続いていく。


 もういっそ世界終わらないかな――

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