第34話 自分勝手
昼休みを終えて教室に戻った。
弓花につけられた首の痕を見られたくないと思っていたが、そもそも俺を見ようとする人がいなかった。
だが、弓花の言葉通り、一人だけは違った。
「どーしたの、首のそれ?」
俺と目が合って一瞬で首の青痕を見つけた心春。
彼女だけは俺のことを見てくれているようだ。
「変にぶつけた」
「……嘘は傷つくよ」
何故か嘘を見破ってくる心春。
単に鋭いのか、それとも俺の嘘がわかりやすいのか。
「弓花にやられた」
「だろうね。もう……限界近いのかな」
不敵に笑う心春。
弓花の乙女心を理解しているのか、何かを察しているようだ。
「あたしのせいかな?」
「それは違う、俺のせいだ。心春は何も悪くない」
「……優しいね咲矢君は。そんなに優しくされると甘えたくなっちゃうよ」
「優しいのはお互い様だろ」
「あたしはぜんぜん優しくないから」
こうしてやり取りをしているだけでも、背中から強烈なプレッシャーを感じる。
恐くて弓花の方を見ることができない。
「あっ、立ち眩みが……」
急にふらふらとし始めた心春。
立ち眩みが起きたようなので、倒れないように肩を抱くことに。
心春は倒れるように、俺に抱き着いてきた。
柔らかい身体が密着してドキドキするが、教室内なのでちょっと気まずい。
「ありがとう……支えてくれて」
「大丈夫か? 保健室行くか?」
「心配しないで、いつものことだから」
いつものことだからと言う割には、二年間同じクラスで初めて見る光景だった。
心春はそのまま椅子に座ったので、俺も椅子に座りスマホを開いた。
【ボールペン折れた。放課後買ってね】
スマホに弓花からの怒りのメッセージが届く。
どうやら先ほどの心春とのやり取りに、ボールペンを折るほどストレスを感じたらしい。
事故とはいえ、土下座をしたい気分だ――
▲
教室を出ると、弓花は俺と距離を取ることなく隣を歩いてきた。
もう、他の生徒にどう思われようが関係無いという気持ちなのだろう。
「さっきはごめん、木下さんが立ち眩みを起こしたみたいで思わず支えた」
「立ち眩みってのは立ち上がった時とか、何か行動を起こそうとした時に症状が出るのよ。けど、ビチ下さんの様子は不自然だった。あれは演技よ」
心春の立ち眩みを演技だと決めつけている弓花。
恐いので反論はできない。
「咲矢が優しいから必ず支えてくれると思って、イチャついてきたのよ。私にはわかる」
「何のためにイチャつくんだ?」
「咲矢のことが好きだからに決まってるじゃない」
弓花の回答は納得できない。
心春は俺ではない好きな人がいると宣言してるし、俺のことが恋愛対象として好きとは言っていない。
それは態度からも伝わる。
身近に弓花という俺のこと大好き人間がいるので、好きな人の表情とか行動とかで好きが伝わる瞬間を経験している。
心春にはそういう態度が見られない。
それは俺のことを友達として見ているからだと俺は思っているのだが……
だが、故意に俺へ接触しているとなると、その目的は弓花への嫌がらせとも考えられる。
心春は見た目より優しい性格なので、その仮定は俺の考え過ぎだと思うが……
「咲矢の気持ちはどうなのよ」
「弓花が好きに決まってるだろ。木下さんにも弓花が好きとはっきり伝えてある」
「咲矢……」
ド直球に好きと言われたのが嬉しかったのか、弓花の頬は赤く染まる。
「となると、ビチ下さんは私に勝てないことを知って身体を使ってきたということかしら。まさに、名は体を表すというやつね」
心春への偏見が強すぎる弓花。
心春は良い人だと理解してほしいが、今の弓花には無理そうだな……
校舎を出た瞬間に弓花は俺の腕に手を伸ばす。
「弓花には悪いけど、木下さんは俺の数少ない大切な友達だから……」
「わかっているわ。勝手に私がイライラしているだけだから、引け目を感じなくていい。それに、恋愛ってのいうのは何か問題がある方が燃えたりするのよ。ビチ下さんが何を考えているかは知らないけど、私はさらに咲矢に夢中になっていくだけ」
弓花の言う通り、何か問題が生じるほど弓花は積極的になっていく。
心春のおかげで弓花が俺により強いアプローチをしてくるわけだ。
「それに、私は私以外の女に負ける気なんてしないもの。私が咲矢を一番理解できて、一番共感できて、一番愛されていて、一番愛しているのだから」
堂々と言い切る弓花。
その姿を見て俺は惚れ直してしまう。
「ただ私は咲矢を独占したいだけ。だから、余計なものが目について腹立たしくなるの。これは単なるエゴね。許して」
「弓花のことはわかっているよ。全て受け入れてる。だから俺は謝ることしかできない」
「でも、咲矢は私に男友達ができたら許してくれないでしょ?」
「当たり前だろ。弓花が穢れる」
「ふふっ、自分勝手な男ね」
弓花は俺の腕に抱き着いて溢れる愛を押しつけてくる。
「呆れたりしないか?」
「するわけないじゃない。それだけ私を独占したいってことだし。好きよ咲矢」
飼い主に甘えるペットのように、俺を見つめる弓花。
尻尾がついていればフリフリしていたことだろう。
「甘やかしすぎるのもよくないぞ」
「自分で言うそれ?」
「弓花なら何をしても怒らないとか思っちゃうぞ」
「咲矢は好きなように生きていいわ。私はその咲矢を好きになるだけなのだから」
全てを委ねてくれている弓花。
人によっては都合の良い女だと思われて酷い目に遭わされそうな危険な考え方とも思える。
まぁ弓花は俺限定なので、俺が酷い男にならなければいいだけなのだが……
「咲矢のこと、信じてるわよ」
信じているという割には少し不安な表情を見せていた弓花だった――
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