第33話 居場所


 昼休みになると、俺は急ぎ足で教室を出た。


 それよりも先に弓花は歩いている。

 あと少し早くなれば走るレベルだ。


 どうやら思いは同じみたいだ。

 二人とも、とにかく早く会いたがっている。



「さ~き~や~!」


 怒った口調だが、表情は嬉しそうな弓花が食事場所へ着くと同時に抱き着いてくる。


「好きだ弓花」


 俺も今日はずっと弓花に触れたいとフラストレーションを感じていた。


 そして二人の思いは、二人きりの場所で爆発してしまった。


「ビチ下さんと仲良くしすぎ。まじで無理」


「弓花は男子からの話題にされ過ぎ。まじで無理」


 お互いに抱き合ったまま文句をぶつけ合う。

 ビチ下さんというのは、ビッチな木下さんの略だろう。


「お願い……キスして」


「それは駄目だ」


「何でよ! 咲矢も気持ちが辛いでしょ?」


「怒りに任せてキスするのはファーストキスに相応しくない。どうせするなら、もっとロマンチックな場所とタイミングが良いだろ。一生の思い出になるからな」


「……悔しいけど、その通りね」


 暴走しそうな弓花を何とか抑える。

 代わりにキスはする前提で話を進めてしまうという、リスクを負ってしまったが。


「でも、今日はちょっとお互いにヤバいみたいだから。少しは許して」


 弓花は俺の首にキスをしてくる。

 NGギリギリな行為だが、俺も幸福感を得たいので許容することに。


「は~幸せね」


 弓花は俺を味わうことで、とてつもない幸福感を得ているようだ。


「吸血鬼かよ」


「うっさい」


「痛っ」


 俺の軽口に怒った弓花は首を噛んでから放した。


「何すんだよ」


「マーキングよ。普通のクラスメイトは気にしないだろうけど、ビチ下さんには伝わるんじゃないかしら」


「マーキング?」


「これを見なさい」


 弓花は鞄がから取り出した手鏡で、俺の首を見せてくる。


 弓花にキスされていた場所は青痣のようになっていて、ここで何かが起きましたよと主張している。


「洒落にならんぞ。それに心春は俺じゃない好きな人がいるし、そこまで警告しなくても」


 弓花の恐ろしい表情を見て、俺はしまったと後悔する。

 弓花の前で木下さんを心春と呼んだのは失敗だった。


「……どうやら私も奥の手を使わなければならない時が来てしまったみたいね」


 拳を握っている弓花。

 その怒りは尋常ではない。


 だが、弓花の怒りは俺に向けてではなく心春に向けてだろう。


「変なことするなよ、木下さんと喧嘩するとか」


「咲矢がきっかけを作ったんだから、あなたは受け入れるしかない」


「お願いだから俺の友達を傷つけないでくれ」


「安心して、ビチ下さんには何もしない。私が本気を出すだけ」


 覚悟が決まっている目をしている弓花。


 何をしでかすかわからないので恐怖しかないぞ……


「咲矢にも都合の良いことよ。最初はちょっと迷惑を被るかもしれないけど」


「何をするつもりだ」


「私と咲矢が付き合っていることを公言するだけ。止めても私はやめないから」


「そうきたか……」


 弓花は俺と付き合っていることを公言することで、教室でも俺の傍にいられる口実を作るという手に出るようだ。


 学校で俺と弓花が双子であることを知っているのは心春だけだ。

 苗字も違うので、ただのカップルだと思われる。


 想定されるリスクは、双子であることがバレた時に取り返しのつかないことになるという点と、俺が周りから何でこいつがと見られてしまう点だ。


「公言すれば、ビチ下さんも迂闊に咲矢とべったりもできないでしょ。さらに休み時間でも咲矢と私が接触できる」


 どうやら弓花は我慢の限界に達したらしい。

 説得にも応じそうにないので、これは受け入れるしかないな。


 冷静に考えれば、弓花に学校の男に希望を持たせないという俺のストレスの原因も排除できるし、弓花と接触したい時に接触もできる。


 どちらにせよこうなることは時間の問題だったと俺は解釈する。

 家族に何らかの形で伝わっても、カップルを偽ることで弓花が告白されまくるのを避けていたとか言えば誤魔化せるだろうしな。


「居場所は与えられるものではなく、手に入れるものよ。私達の理想郷は私達で作る」


 弓花の考える理想郷は、俺と愛し合える無秩序な環境だろうか……


 どんな理想を描いているかはわからないが、暴走させないように見守っていないとな――

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