第29話 ファスナー
「ただいま~」
「お帰りなさい」
玄関のドアを開けて家に入ると、弓花が俺の出待ちをしていた。
駅前から帰る時にスマホで今から帰ると連絡を入れていたので、戻ってくる時間を予想していたようだ。
「何で出待ちしてるんだ」
「咲矢に一秒でも早く会いたかったからよ」
「……俺も会いたかった」
俺の言葉を聞いた弓花は、そのまま俺に抱き着いてきた。
自分の帰りを待ってくれる人がいるというのは幸せなことだな……
「他の女の匂いがするのだけど」
弓花は俺を睨みつけてくる。
木下さんと一緒にいたために匂いが移ったのか、それとも弓花がかまをかけているのか。
どちらにせよ嘘は見抜かれそうなので、正直に話すことに。
「女性と話してきたからな」
「……そう。でも、正直に話すということは後ろめたいことはないということね」
「そう思ってくれると助かる。というか別に俺は弓花と付き合っているわけではないし、他の女性と会おうと問題は無いはずだが」
「私が寂しいという大問題があるわ」
そんなこと言われてしまうと、申し訳ない気持ちになってしまうな。
でも、それだけ俺を本気で想っているのだろうと伝わってくるので嬉しくも思う。
「たまには私の部屋に来ない? 華菜ちゃんは部活でいないし、お母様も買い物に出かけたから、少しの間だけだけど二人きりよ」
「……確実に罠だと思うが、あえて飛び込んでみるか」
「そう言うと思ってたわ」
部屋着に着替えてから弓花の部屋に向かう。
何か企んでいそうだが、俺は負けず嫌いだから勝負からは逃げない。
弓花の部屋は物が少なく、必要最低限の物しか置かれていない。
女子高生の部屋らしくはないが、清潔感があって俺好みの部屋だ。
「椅子一つしかないから、ベッドの上に座っていいわよ」
弓花の言葉を聞いてから俺はベッドを椅子にして座ることに。
「潜り込んで私の匂いを堪能してもいいけど」
「俺は変態じゃない」
「あら、残念。ベッドではいつも咲矢のことを考えちゃうから、色々と染みついていると思うのに」
弓花の変態具合は俺を少し超えていると思う。
男子としては嬉しい要素なのだが、家族としては困った要素だ。
「弓花は座らないのか?」
座っている俺の前に立っている弓花。
てっきり隣に座ってくると思ったのだが……
「準備するからちょっと待ってね」
弓花は私服のスカートのファスナーを下ろしたので、俺はスカートを押さえる。
「ちょっと待った。何をしている」
俺は弓花が下ろしたスカートのファスナーを上げる。
まさか俺の目の前でスカートを降ろそうとするとは……
「何って、スカートを脱ごうとしただけよ」
「そんなことしたらパンツが見えてしまうだろ」
「それが目的よ。見たくないの?」
「見たいに決まってるだろ。だが、そうはさせない」
パンツ姿を目の前で見せられてしまったら、理性が崩壊するのも時間の問題。
それが弓花の狙いであり、誘惑の一手だろう。
とんでもないダイレクトアタックであり、俺の理性に三千ダメージを与えてきた。
その後もスカートのファスナーの上げ下げバトルを繰り返す。
ここで負ければゲームセットになってしまうからな。
「頑固ね。咲矢のそういうところも好きだけど」
弓花はパンツを見せようとすることを諦めたのか、俺を立ち上がらせる。
「そうだ、そこのタンスの二段目が開かなくなって困ってたのよ。何か衣服が引っかかってるみたい。咲矢直せる?」
「任せろ」
弓花に言われたタンスに手を伸ばすが、何のトラブルも無くタンスを引くことができた。
そして、そのタンスの中にはたくさんの色とりどりの弓花の下着が出てきた。
「引っかかったわね。そこに顔を突っ込んでも今なら許してあげるわ」
「……残念だが、俺は洗濯物を干す時に既に弓花の下着を見ている。耐性が無いわけではない。こんな無機質な下着群に興奮するレベルではない」
「そ、そんな……」
俺は下着の光景を目に焼き付けながら、タンスを戻す。
言葉では強がったが、弓花の下着となると興奮は隠せない。
紐みたいなやつもあったし。
「ちなみに咲矢は何色の下着が好きなの?」
「黒だな。エロいし」
「正直ね。でも咲矢は黒の下着が好きだと思って私は今、黒の下着を身につけているけど本当に見なくていいの?」
「……泣くよ?」
そんなの見たいに決まっているが、それでも俺は拒否しなくてはならない。
「ごめんなさい、困らせすぎてしまったわね」
弓花は俺の顔を胸の中に埋めてくる。
意地悪が過ぎたと反省しているようだ。
「そうだ、スマホで写真を撮っておきたいのだけど」
話題を変えてくれる弓花。
どうにか弓花の誘惑を乗り切ることができたな。
「俺の? 単体写真は恥ずかしいから嫌だぞ」
「なら、ツーショット写真。いつでも咲矢の顔が見れるように」
弓花は俺の腰に手を回して、スマホで写真を器用に撮り始めた。
撮り終えた写真を確認すると、俺と弓花は思わず笑ってしまった。
それは二人とも同じ顔をしていたからだ。
ぎこちなさそうな、気恥ずかしそうな、何とも言えない無愛想な表情。
改めて俺達が双子であることを突きつけられた気分だ。
「撮り直すか?」
「これでいいわ。この方が私達らしいし」
弓花はスマホの写真を眺めて心から嬉しそうにしている。
そんな些細なやり取りが、俺も妙に嬉しかった――
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