第25話 ブラコン


 ネカフェを出た俺と弓花は手を繋いだまま家に向かった。


 だが、家の前まで来ると逆方向の角から帰ってきた華菜と目が合ってしまう。


 俺は慌てて弓花と手を放そうとしたが、弓花はそれを阻止してきた。


「何で手を繋いでるの?」


 華菜から発せられた当然の疑問。


「双子だからよ。華菜ちゃんもお兄ちゃんと手を繋いだりしないの?」


「……それはするけど」


「そう、仲の良い家族なら当たり前のことよ。スキンシップの一つ」


 弓花は取り繕うこともせずに堂々と手を繋いでいることを主張した。


 まぁ家族が手を繋ぐのは不思議では無いのだが、問題なのは俺も弓花ももう高校生だという点だ。


 子供の兄妹が手を繋ぐことはある。

 しかし、高校生や大人になってまで手を繋ぐかと問われれば微妙なところだ。


 だから、弓花の主張には無理やり感がある。


「……弓花さんは家族じゃないと思う」


 そう一言告げて先に家に入っていった華菜。


 なかなか冷たいこと言ってきたな。

 まぁ実際に弓花は籍を入れていないし、苗字は長澤のままで家族ではないのだが……


「華菜ちゃんに嫌われ過ぎでしょ私……超ショック」


「華菜は中学二年生で多感な時期だし、色々と難しいかもな」


 傷心している弓花を軽く抱き寄せてから、家へと入っていった。



     ▲



 夕食を食べ終え、リビングを出て二階に上がろうとすると洗い物をしている弓花の視線が俺を捕らえていた。


 何も言葉は交わさなかったが、目が後で部屋に行くわ待っててねと訴えかけていた。

 このままだと弓花に捕食されてしまうと思った俺は、トイレから出てきた華菜の肩を掴んで抱き寄せる。


「どうしたのお兄ちゃん?」


「最近、勉強はどうだ? ちゃんとついていけてるか?」


「う~ん……微妙かも」


「じゃあわからないとこ俺が教えてやるよ」


「本当に!?」


 勉強を教えると提案すると、華菜はパッと表情を明るくして嬉しそうにした。


 そのまま、華菜の部屋へと向かうことに……


 弓花の天敵は華菜だ。

 華菜と一緒にいれば自然に弓花との距離もできるかもしれない。


 華菜を利用するみたいで気は引けるが、その華菜は俺の腕に抱き着いて幸せにそうにしているのでウィンウィンの関係というやつだろう。


 久しぶりに入った華菜の部屋は、綺麗に片付けられている。

 去年入った時は、もっと散らかっていた気がしたのだが……


「部屋、綺麗になったな」


「お兄ちゃんがいつ来てもいいように片付けておいたの。お兄ちゃん潔癖症で、部屋来ても片付けだけして帰るから」


「偉いな」


 華菜の頭を撫でる。


 相変わらず部屋に漫画は多いが、本棚に綺麗に収納されている。

 目立った埃も落ちていない。


「ここ座って」


 華菜は部屋に一つしかない椅子に俺を座らせる。

 そして、その上に華菜が座ることに。


 中学二年生になったとはいえ、華菜の身長は百五十センチも届いていない。

 さらに痩せているので本当に軽い。

 持ち上げて振り回すことができるレベルだ。


「さっき家の前で弓花さんに酷いこと言っちゃった……あたし嫌われたかな?」


「大丈夫だよ、弓花はそんなことで華菜を嫌いにならない。でも後で直接謝っておいた方がいい、嫌いにはなっていないが傷ついているかもしれないからな」


「……うん、わかった」


 自分の発言を反省している華菜。

 その姿勢に家族としてちょっと救われた。


「数学難し過ぎるよ~」


 数学の教材を座ったまま取り出そうとする華菜。

 落ちないように腰の辺りに手を回して抱きしめる。


 華菜がわからないと指摘する項目を一つ一つ丁寧に教えていく。

 俺としても復習になるし、有意義な時間となった。


「お兄ちゃん、もうあたしのこと構ってくれないと思った。だから今日は嬉しい」


「何でだよ」


「だって、弓花さんが家に来たから……弓花さんの方が綺麗だし、胸も大きいし、頭も良さそうだしで、あたしに勝てる要素ないもん。お兄ちゃんはあたしより素敵な方と仲良くしたいでしょ?」


「馬鹿かお前は……家族を容姿とかで判断しないだろ。それに華菜だって十分可愛いぞ」


「でも~なんか弓花さん、お兄ちゃんを独占したいってオーラが溢れてて」


 どうやら弓花の思いは強過ぎて溢れてしまっているようだ。

 華菜にまで察せられているぞあいつ……


「まぁ、弓花は双子だから気が合うのは事実だ。だが、それで華菜のことをないがしろにする理由にはならないだろ」


「相対的に、お兄ちゃんがあたしに構ってくれる時間が減るもん」


「それは確かにな……でも、華菜はもう中学生だし、そろそろお兄ちゃんうざいとか思い始める頃合いだろ」


 俺の疑問に華菜は首を強く振った。


「ぜんぜんそんなことない、むしろお兄ちゃんのこと好きになってく。クラスの男子とかガキっぽくてしょうもなくてさ……お兄ちゃんと比べると何の魅力もないんだもん」


「高二の俺と中坊を比べるのは可哀想だろ」


「中学生になってから男子が近づいてくる機会が増えたけど、関わるたびにお兄ちゃんと比べちゃうんだよね。お兄ちゃんより魅力があれば付き合う気になるけど、そんな人ぜんぜんいないから困っちゃう」


 華菜の中での俺、美化され過ぎじゃないのか……


「罪な男だな俺も」


 華菜の言葉に冗談で返す。

 華菜の話は真剣なのか俺を喜ばせるために話を盛っているのか判断できないからな。


「重罪。責任取ってよ、お兄ちゃん……」


 椅子に座っている俺に正面から抱き着いてくる華菜。


 俺を見つめるその熱い目は、兄妹っていう枠を超えているような気がするんだが……


「あたし、お兄ちゃんのこと本気だから」


 何が本気なのかはわからないが、華菜が本気であることは確かだ。

 答えは聞かない方が身のためなので、ここは笑顔で受け流そう。


 それにしても参ったな……


 弓花と距離を取るために華菜と積極的に交流を図ろうとした俺の作戦。

 だが、その華菜と距離を近づけるとまた新たな問題が生まれてしまう。


 八方塞がりな状況だ。

 俺さん、この家での居場所がないぞ。


「お兄ちゃんはあたしのことどう思ってるの?」


「兄妹として好きだぞ」


「だよね。お兄ちゃんそういう人だもん」


 俺から離れてベッドの上で器用に片手逆立ちを始める華菜。

 ダンス部に入っていることもあり、華菜は運動神経というか柔軟性やバランス能力が高い。


「でも、それでいいの。あたしはお兄ちゃんが好きなあたしが好きなだけだから」


 弓花と違って俺のことが好きだが、華菜は俺とどうこうなりたいわけではないらしい。


 というか、それが普通なのだ。


 華菜は俺がちゃんと育てたから常識がある。

 普通は弓花のように一線を越えようなんて考えには至らない。


「あたしの妄想中でのお兄ちゃんが、あたしを愛してくれるからさ。それで幸せ」


 華菜も相当拗らせているようだが、叶わない恋とか、報われない恋とか、現実が見えているようだ。

 それはきっと俺とずっと過ごしてきて、思い知らされたものなのだろう。


「だからお兄ちゃんは変わらずに、あたしのことを兄妹として好きでいてよ」


 体力が尽きた華菜は倒れるように俺に抱き着いてくる。


「それはもちろんだ」


「ありがとう! 大好き!」


 今は華菜とはっきりとした壁が見える。


 弓花と距離を取るために、華菜に近づいてその壁を壊すわけにはいかない。

 少しでもひびが入ればあっという間に割れそうだからな。


 人との距離感ってのは本当に難しいな……


 藤ヶ谷咲矢の苦悩は続く――

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