第24話 密室


 放課後になり教室を出ると、弓花も後を追って出てくる。


 毎度恒例の帰り方だが、その距離は徐々に近づいてきている。

 来月には並んで帰りそうなほどに……


「ようやく咲矢の隣にいられるわ」


「昼休みも一緒にいただろ」


「一時間でも咲矢と離れると、寂しくなってしまうのよ。会いたくて震えるというやつね」


 弓花はもう中毒症状が出ているようだ。

 依存症って恐いな本当に……


「どこか寄るか?」


「もちろんよ。咲矢との放課後デートが私の一番の楽しみなのだから」


 弓花は早く早くと言わんばかりに、前を歩き始める。


 俺も弓花との放課後デートは楽しみの一つだ。

 これが毎日続くって考えると、それはもう幸せなわけで。


「私、ネカフェってとこに行きたいと思ってたのよ。私が住んでた田舎には無かったし。だから連れて行ってもらえないかしら」


「いいけど、俺も行ったことないぞ。どこにあるかは知っているけど」


「咲矢も初体験ってことね。ちなみに、初めてはとびきり優しくしてほしいタイプよ」


「言われなくても優しくするよ」


「えっ……」


 顔を真っ赤にさせて硬直してしまう弓花。

 悪ノリしただけだったのに、弓花は何かを想像してしまったみたいだ。


「てーか、話変わってるだろそれ」


「初めての時は恥ずかしいから電気を消してほしいわね」


「いい加減にしろ」


 ふざけたことを言い続ける弓花の腕を引っ張る。

 バランスを崩した弓花は俺にすがるように抱き着いた。


「ごめんなさい、調子に乗り過ぎたわ」


「いいよ別に。それに、弓花のことは言わなくても理解できるから、わざわざ口にしなくてもいい」


「咲矢……」


 その後はすんなりと大人しくなった弓花。

 だが俺を見つめる眼差しは、より一層好意に満ちていた。



     ▲



 駅近くのネカフェに辿り着くと、弓花が真っ先に受付へ向かいカップルシートでと注文していた。


「初めてじゃなかったのか?」


「どういうシステムか調べてきたのよ。初めてのことは慌てないように、知らないことはしっかりと調べてから望む主義だから」


 自信満々に話す弓花。

 俺も知らないことに臨む前は事前に調べておく主義である。


「読んでもらいたいおすすめの漫画を一冊選んでから、部屋に行きましょう」


「そうだな」


 俺は弓花に読んでもらう漫画を選ぶことに。


 漫画を選ぶことは難しくない。

 俺が面白いと思ったものは弓花も面白いと思うからだ。


 双子だから感性は似ているし、面白いと思うつぼも一緒。


 俺は最近読んだ【やがてあなたになる】という百合漫画選んだ。

 あまり読んだことのないジャンルだったが、新鮮な物語で面白かった。


 弓花が選んだのは【あなたの少年】というOLのお姉さんと中学生の男の子との複雑な恋愛模様を描く漫画だった。


 俺達は指定されたカップルシート部屋の扉を開け、中に入ることに。


「狭いな……」


 部屋には横長のソファーがあって、机にはパソコンとテレビが置かれている密室の空間だ。

 完全個室となっており、他の部屋の様子は見えない。


 何故かかこういう空間にエロスを感じてしまうのは、俺が思春期の男の子だからだろうか……


「ようやく二人きりになれたわね」


 ソファーに座ると弓花が待ってましたと言わんばかりに寄りかかってくる。


「だな。落ち着く」


「ここなら誰にも見られないわよ」


「そうだな。ここなら誰にも見られずに漫画が読めるな」


「もぅ……」


 弓花は溜息をつきながら、俺が渡した漫画を読み始めることに。


 漫画を読み進める弓花は集中しており、俺にもたれかかっていた身体は自然と俺が膝枕しているような形になっていく。


 俺も集中して漫画を読んだため、あっという間に読み終わってしまった。


 初めて読んだ漫画だったが、見たことのない展開が多くて本当に面白かった。


「面白かったわ。流石は咲矢ね」

「面白かったぞ。流石は弓花だな」


 答えはわかっていた。

 弓花は絶対に面白いと言ってくれると。


 弓花も同じ気持ちを抱いていたはずだ。


 漫画を置いて起き上がろうとする弓花。

 その際に、お互いの顔が急接近して、見つめ合ったまま止まってしまう。


 吐息を感じる距離。

 お互いの唇が触れるまで数センチしかない。


 あまりに可愛い弓花の顔を間近に見て、俺はキスをしたい衝動に駆られてしまう。


「ねぇ、キスしていいかしら?」


 そして弓花も同じ思いを口にした。

 やはり思いは繋がっている……


「駄目だ」


 だけど俺は心を鬼にして、その要求を断る。

 一度キスをして壁を壊してしまえば、それ以降はもう止まらない。


 ここが俺達の生命線だ。


「まっ、冗談だけど」


 冗談と言い切った割には、悲しそうな顔を見せる弓花。


 その様子は見ていられなかったので、思わず抱き寄せてしまうことに。


「……ごめん」


「あなたは何も間違ってはいないわ。むしろ、フォローしてくれてありがとう」


 弓花は切り替えて、俺の隣に座り直す。


 その後は特に会話が生まれることはなかった。

 利用時間が終わるまで、ただ静かに二人で手を合わせていた――

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