第23話 ジェラ紀
昼休みになり、弓花と距離を空けながら恒例となっている校舎裏へと向かった。
そして、辿り着くやいなや、弓花は俺を壁に追い込んで両手を壁に叩きつけて逃げられないように睨み付けてくる。
「な、何でそんなに怒ってるんだよ」
「咲矢が朝、隣の席の常にアヒル口女と仲良く話してたからに決まってるじゃない」
どうやら俺が木下さんと仲良く話していたのが気に入らなかったみたいだ。
それにしても木下さんを常にアヒル口女呼ばわりとは口が悪いな。
俺も口は悪いので人のこと言えないけどさ。
「俺は謝らないぞ。俺は悪くないし」
「あなたは謝らなくていいわ。私が勝手にムカついてるだけだから。でも原因となっている咲矢には私のストレスを開放しなければならない義務があると思わない?」
思いませんと言うとさらに怒りそうなので、黙って頷くことに。
「なら、そのまま私を抱きしめて好きと囁きなさい。そうすれば私は苦しみから解放される」
無茶ぶりな要求だが、弓花の気持ちが俺にはわかってしまう。
俺も弓花が他の男子と馴れ馴れしく話しているのを見たら、ストレスが溜まるだろうからな。
「仕方ないな……」
俺は迫りくる弓花を優しく抱きしめる。
胸が大きいので強く抱きしめないと密着できない。
「咲矢……やっぱり私のことをわかってくれるのね。大好きよ」
俺が好きと言わなければならないはずだったが、弓花の方が我慢できなくなって思いをこぼしてしまう。
可愛過ぎだろこの人……
「さぁ、食事にしましょう」
先ほどの表情とは一転し、笑顔を見せる弓花。
俺に抱きしめられたことでストレスが吹っ飛び、安堵したようだ。
木下さんと仲良くなれば、弓花とも自然に距離が取れると思ったがそれは逆効果だったようだ。
嫉妬心で弓花をより積極的にさせてしまうだけだな……
ベンチに座って食事を始めることに。
隣に座る弓花は俺と距離を空けずに、肩や足が触れ合うように座る。
「悪いな、辛い思いさせて」
「……咲矢、わかっていてやっているでしょ」
弓花の読みは正しい。
弓花と距離を取ることは俺のことが好きな弓花を傷つけることになる。
それでも俺は、弓花と距離をとる道を選択しようとした。
そうでなければ、弓花と禁断の恋が芽生えてしまうからだ。
弓花を傷つける選択肢しか無いのが、双子というか肉親との恋の辛いところだな。
「嫌いになったか?」
「そんなことあるわけないでしょ。あなたが一番辛いのだから」
弓花は全てを察している。
俺も弓花が好きだからこそ、弓花と距離を取らなければならないこと。
それは俺にとっても辛いことだ。
俺が弓花を理解しているように、弓花も俺を理解している。
瓜二つな存在だからこそ理解し合える。
「双子じゃなければよかったのにな」
「私はそうは思わないわ。双子じゃなければ咲矢と出会うことはなかったし」
弓花の言う通り、双子じゃなければ出会うことはなかった。
だが、出会わなければこんな辛いことにもならなかったという考え方もある。
「私はこの先、咲矢との間に何が起ころうとも、双子であったことを後悔することはないわ。だから私は好きなように行動するし、あなたも好きなように行動して」
「そんなこと言う割には、木下さんと話すと怒るじゃん」
「嫉妬は別物よ。咲矢の行動に理解を示せるけど、それとは別の思いもあるの」
弓花は俺が何をしてもいいが、それによって自分も自分のために行動するということだろう。
「そういえば、最近気づいたことがあるの」
答えを出せない議論を放棄し、別の話題を切り出す弓花。
「何に気づいたんだ?」
「名前ね。私、自分の弓花って名前があまり好きではなかったの。父親にもその言葉に意味は無いって言われてたし」
弓花は自分の名前に何かを気づいたようだ。
「でも咲矢の名前とリンクしていることを知って好きになれたわ。私が弓で咲矢が矢、そして花が咲くってのも繋げると意味がある。咲く花と弓矢。それを分け合ったのが私達」
確かに今思うと、双子だからか言葉が二つに分かれている。
両親が双子らしい名前をつけてくれていたということだろう。
それは単体だと意味は持たない。
離れ離れになってしまえば尚更だ。
「矢は弓が無ければただの棒よ。だから咲矢は私といなければならない」
食事を終えた弓花は、待ってましたと言わんばかりに俺の腕に抱き着いてくる。
「私も矢が無ければただの湾曲した棒。咲矢といなければ、そこに意味は無いの」
名前に特別な意味を見出そうとしている弓花。
「だから、私と一つになりましょう。そうすれば晴れて弓矢になれるわ」
座っている俺の膝の上に跨ってくる弓花。
俺を甘ったるい目で見下ろしており、何かを求めているようだ。
家でも学校でもどこでも構わず発情してくるな弓花さんは……
互いの股が重なっていて今まで味わったことのない身体の熱さを感じる。
目の前に弓花の大きな胸が間近にあり、顔を突っ込みたくもなる。
俺が無責任の男ならそのまま好き勝手に触ったり、弓花に甘えてあれやこれをしてとお願いしてしまうことだろう。
でも俺は弓花が好きでもあり大切に想うからこそ、今は慎重にならないと……
ここは踏ん張り時だな。
「ストップ、冷静になれ」
「私はいつだって冷静よ」
俺を見つめるその瞳は、好きという文字が浮かび上がってきそうなほど恋焦がれている。
「一線は越えないぞ」
「なら、越えてくるように攻め続けるだけよ」
ここでキスでもすれば背負っている物から全て解放されて楽になる気はするが、それは背負っているものを投げ捨てるだけで、滅ぶのは我が身だ。
「悪いわね、咲矢に我慢を強いらせて辛い思いさせちゃって」
「わかってやっているんだろ?」
俺がそう言うと、弓花は悪戯な笑みを見せて優しく頷く。
「嫌いになった?」
「なるわけないだろ」
俺がそう答えると、弓花は俺の頭を抱きしめて胸に埋めてくる。
それは俺の辛い気持ちを受け止めてくれるような、温かくて優しい抱擁だった。
こんな理想の人から俺は逃れることができるのだろうか――
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