第22話 百三番目の男


 教室に入り、弓花と距離を置く。


 弓花は席に座ると同時にイヤホンを付けて音楽を聴き始める。

 近くの男子が声をかけようとしていたが、一瞬の隙も与えていなかった。


 きっと弓花は俺以外の人間に興味が無いのだろう。


 だが、俺は違う。

 俺も弓花のように自分だけの世界に籠って周りを拒絶すれば、行く先は真っ暗だ。


 視野を広げよう。

 今まで他人に興味を示さず自分の殻に閉じこもっていたが、それでは弓花の思うつぼだ。


 双子である弓花へ依存しないために、俺は新たな道を模索する。


「おはよう木下さん」


「おはー」


 俺は隣の席にいる金髪ギャルの木下さんに自ら話しかけた。

 勇気ある一歩。凄いぞ自分。


「珍しいね藤ヶ谷君から話しかけてくるなんて」


「勇気出してみた」


「偉い偉い」


 木下さんに褒められて嬉しくなる。

 話しかけるだけで褒められるなんて、俺はどんだけ無口な奴だと思われているのか……


「そういえば俺、木下さんの連絡先とか知らなかったなと思って」


「そうだね。でも今までそんなこと気にしてなかったじゃん。急にどうしたの?」


「昨日、木下さんのこと考えたら気づいたんだよ。そういえば木下さんの連絡先すら知らなかったなって」


「……あたしのこと考えてたの?」


「あー、軽くな軽く」


 恥ずかしいことを言っていたことに気づき、慌てて修正する。

 弓花で頭いっぱいになってしまうのを避けるために、木下さんのことを考えていただけだからな。


「おかずにでもしてたの?」


「お、おいっ」


 木下さんの発言に俺は手で顔を覆う。

 最近の女性って男子より下ネタえぐくない?


「顔真っ赤じゃん」


「まだしてないから。これは本当に」


 クラスメイトの男たちはきっとみんなしているのだろう。

 木下さんはこのクラスでも一番エチぃ女性だしな。

 

 俺は過去を振り返らない男なので、昔したことは全て無かったことにできる能力を持っている。


「まだってことはいつかはするの?」


「やめろってそういうの」


 ニヤニヤしているからかい上手の木下さんに防戦一方だな。


「ごめんね困らせちゃって。藤ヶ谷君って何かからかいたくなるんだよ」


「勘弁してくれ」


「でも、藤ヶ谷君なら連絡先教えてもいいかな。あんまり男子には教えないけど」


 どうやら木下さんは無暗に連絡先を教えるタイプではないようだ。

 意外な事実であり、俺は百三番目ぐらいに連絡先を教えることになった男だろうと思っていた。


「そうなのか、俺以外みんな知ってると思ってた」


「なにそれウケる。あたしのこと尻軽な女みたいに思ってるの?」


「そんなことはない。尻柔らかそうな女だとは思ってたけど」


 俺の発言を聞いて目を見開いている木下さん。

 ついつい調子に乗って変態みたいなことを言ってしまった。


「あっ、いやその、冗談だよ冗談」


「ははっ、やっぱり藤ヶ谷君はおかしいね」


 良かった……

 木下さんにドン引きされることはなかった。

 ヒヤヒヤしたが木下さんの性格に救われたな。


「実はあたしも藤ヶ谷君の連絡先を知りたいって思ってたんだよね」


「なら、丁度良かったな」


 木下さんと連絡先を交換することに成功する。

 最近、弓花とたくさん接していたおかげで女子への対応にも慣れてきている気がする。


「あたしも最近、藤ヶ谷君のこと考えてたりするよ」


「えっ、どういう時に?」


「教えなーい」


 ニヤニヤしながら俺の反応を窺っている木下さん。

 意地悪な人だな……


 弓花がいなければ好きになっていたかもしれない。

 それほど可愛い。


 だが弓花は可愛過ぎて、その上を軽く超えて行くからな。

 なんてたって俺の理想の人だし。


「まっ、何か悩み事でもあったら今教えた連絡先へ気軽に相談してきてよ。最近の藤ヶ谷君なんか変だし、困ったことでもあるんでしょ」


 何故か本質を見抜かれている。

 木下さんって意外と鋭いとこあるんだな……


「優しいな、木下さんって」


「誰にでも優しいわけじゃないよ。むしろ冷たいぐらい。でも、藤ヶ谷君は特別」


「何で俺が特別なんだよ」


「去年さーあたしがスマホ失くして困っている時に一緒に探してくれたじゃん?」


 そう言われると、そんなことがあった気がする。


 去年の春、入学して間もない頃だ。

 まだ生徒達はそわそわしていて、今みたいにグループもできてなくてクラス中が浮ついていた。


 そんな中、放課後に木下さんが一人教室内でスマホを探しており、俺も一緒になって探した記憶。

 あの頃の木下さんは今の様に髪は染めてなく、ギャルっぽい感じではなかった。


 結局、スマホは木下さんのロッカーに入っていて、事なきを得たのだが……


「優しくされた人には、あたしは優しくするの。ただ、それだけ」


 それが、木下さんが俺に優しい理由だった。

 単純だが、筋は通っている。


「最初はあたしに優しくすれば、あたしに好かれると思って藤ヶ谷君が優しくしてきたのかなと思った。男子ってそういう下心で女子に優しくするでしょ? でも、その後も藤ヶ谷君はあたしに連絡先とか聞いてこなかったし接触もしてこないし、単純に優しくしてくれたんだなって思ったの」


 それはただ単に俺が女性へ話しかけるのが苦手なだけであって、話したくても話しかけられなかっただけなのだが……


「まさかあれから一年以上後に連絡先を聞かれることになるとはね。ウケる」


 どうやら木下さんの中の俺への評価は思ったよりも高いようだ。

 これは素直に嬉しいな。


 ちょっと顔がニヤけてしまうが、俺を遠くから睨んでいた弓花と目が合ってしまったので、慌てて謝罪会見を行う芸能人のような深刻な表情に切り替えた。


 油断も隙も無いぜ――

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