第二部

第20話 守りたい世界


「朝か……」


 生温いベッドの上で目を覚ます。


 結局、昨日は華菜がお兄ちゃんと呼びながら部屋に来てくれたおかげで、弓花は冷静さを取り戻して俺と一線を越えることは無かった。


 だが、またいつ暴走するかわからない。

 そこで俺が誘惑に負けて振り切れてしまうかもわからない。


 この世界が俺と弓花の二人だけの世界なら何も気にすることはないのだが、ここは藤ヶ谷家で母親も妹も同じ屋根の下で暮らしている。


 何か間違いを起こしている時に見られてしまえば、俺の信用はどん底に落ちることだろう。

 そういう時って俺が被害者でも、男側が悪いってなりがちだしな。


 本当に気をつけないと、人生が終わってしまう可能性がある。

 これからは弓花と部屋で二人きりにはならない方がいいな……


 俺はもう少し寝ていたいと寝返りをうつと、頭が柔らかいクッションの中に包まれた。


 俺さん、こんな温かくて柔らかいクッション買ったっけ……


「咲矢は本当に私の胸が好きなのね」


「嘘だろ……」


 逃げようとするが、弓花に抱きしめられる。


「弓花さん、いつの間に俺のベッドに?」


「二十分ほど前にね。朝目覚めたら咲矢の顔が一番に見たいから会いに来たのだけど、咲矢が寝ているから私も勝手に添い寝させてもらったわ」


 好きの気持ちが溢れている様子の弓花。

 先手必勝といった形で攻められてしまった。


「誰かに見られたらどうすんだよ」


「家族の朝の行動パターンはデータに収めてあるの。お母様の朝は早いし、華菜ちゃんは起きてからリビングでテレビの占いが終わるまで動かない。二階には誰もいないわ」


 俺と二人きりの時間のために、家族の行動パターンを把握している弓花。

 これはガチなやつだな……


「行動パターンを決めつけるのはよくない。何かイレギュラーな日は必ず来るからな。バレたら下手すれば、家を追い出されるぞ」


「わかっているわ。でも、そのスリルがさらに私を熱くさせるの」


「無敵かよ」


 弓花はマリオで例えるとスター状態。


 俺へ近づくためなら、全ての逆境を吹き飛ばしてくるだろう。

 その無敵具合を見ていると爽快なBGMが聞こえてきそうだ。


「それにしても、朝は髪がぼさぼさだな」


 弓花の黒い長い髪は跳ねていて、手にまとわりついてくる。


「ちょ、ちょっと……」


「ごめん、髪触られるの嫌だったか?」


「反射的に嫌だと思ってしまったけど、冷静になったら咲矢にはもっと触ってほしいと思ったわ」


 誰かにされて嫌なことも、俺にされると嬉しくなる弓花。

 本当に俺のことが好きなんだなと思い知らされることに。


「そろそろ準備しないと遅刻するぞ。制服に着替えるから出てってくれ」


「咲矢の着替えを見終わったら出ていくわ」


 弓花の発言に俺は頭を抱える。

 ぜんぜん俺から離れてくれない。


「俺の着替えシーン見たって何の意味も無いぞ。時間の無駄だ」


「じゃあ咲矢は私の着替えは見たくないの?」


「見たいだろ」


 世界のどんな絶景よりも、俺は弓花の着替えが見たい。

 だが、双子の着替えが見たいだなんて、それはもう変態さんだ。


「そういうことよ。私達は変態なの。だから私も好きな人の着替えが見たいの」


「わがまま言うな」


 弓花の背中を押して、ドアの方へ連れていく。

 このまま弓花のペースに付き合うわけにはいかない。


「無理やりね。まぁ咲矢になら乱暴に扱われても嬉しいのだけど」


「付き合いきれん」


「我慢したって辛いだけよ。私に身を任せて楽になった方がいい」


「俺には守りたい世界があるんだ」


 弓花を部屋の外に追い出した。

 朝から猛烈アタックはしんどいな……


 だが、可愛い弓花と朝からじゃれ合うことができて嬉しいのは事実。

 いやいや俺さんツンデレみたいになってんじゃんか。


 まぁ弓花が俺を想う気持ちと同様に俺も弓花が好きだからな。


 だからこそ、俺が適度な距離感を保たなければならない。


 開き直った弓花が一歩踏み込んでくるのなら、冷静な俺は一歩後ろに下がる。



 その関係性がいつまで保たれるかは俺に予想もできないが――

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