第19話 シンクロ
風呂上がりの俺は心を整えるために、ベッドの上で座禅を組むことにした。
下心とか邪念とかそういう気持ちを全て押さえる。
できるかはわからないが、俺は何事にも形から入るタイプだ。
それにしても弓花の胸は柔らかかったな……
あっ、やべぇ邪心が芽生えてる。弓花のことは考えないようにしないと。
弓花の方が積極的だし、俺のこと好きだよなあれは……
駄目だ駄目だ、慢心が芽生えてる。
ぜんぜん心を整えられていないし、むしろ弓花の顔がめっちゃ浮かんできている。
「俺はもう駄目だ……」
切腹でもしたい気分になったので、自分で自分を殴る。
だが、何の意味もなかった。
そして、そのままベッドの上で大の字になる。
誰か他の女の子のことを考えて気を紛らわそうとするが、俺に近しい女性は華菜ぐらいしか思い浮かばない。
妹のことを考えるなんて言語道断なので、俺は木下さんのことでも無理やり考えることにした。
木下さんとは最近よく話すが、そういえば連絡先すら知らなかったな……
今度、聞いてみよう。
いや、それはそれでちょっと恥ずかしいな。
弓花と話すのは気が楽なんだよな。
言葉もすらすら出てくるし。
って、また弓花のこと考えてまんがなでんがな、ぐるるあごれええ、もんきゅもんきゅ。
頭がおかしくなってしまったので、少し時間は早いが電気を消して眠ってしまうことに。
忘れようとしても脳裏に侵入してくる。
まるで依存症みたいだ……
寝る前にもう一度、弓花の顔を見ておきたいと思った。
だが、そんな甘ったれた自分は押し殺した方がいい。
コンコンとノックの音が聞こえたので、俺は慌てて電気を点けることに。
「ど、どうした?」
まさかの弓花が部屋にやって来た。
そりゃ同じ家に住んでいるのでやって来る確率は高いが、本当にやって来てしまった。
「寝る前に咲矢の顔を見ておきたいと思って」
「そ、そうか……」
めっちゃ気持ちがシンクロしている!
凄いな双子、恐ろしいぞ一卵性双生児。
「咲矢はそんなこと思ってなかった?」
「思ってなかったと言えば嘘になる」
「それを思っていたというのよ。恥ずかしがらずに、素直に言いなさい」
嬉しそうに俺の隣に座る弓花。
風呂上りなのか寝間着に着替えていて、シャツ一枚というラフな格好をしている。
抑えようとしていた気持ちが再び高鳴ってしまうので、そんな格好で俺の部屋に来ないでほしい。
「言っとくが、俺達は双子だからな」
「何を当たり前のことを言っているのよ」
「変な気は起こすな」
「それ、私にじゃなくて自分に言い聞かせていないかしら」
何でもお見通しな弓花。
嘘もつけそうにない。
「私けっこう咲矢のことで頭いっぱいなのよ。まるで依存症ね」
「よくそんなこと素直に言えるな」
「どうせあなたもそうだろうし、隠す必要も無いわ」
弓花は俺の手に自分の手を被せてくる。
柔らかくて温かい手だ。爪も綺麗。
「どうすんだ?」
「何がよ」
「このままだと色々とまずいだろ。俺たち双子だぞ」
「何もまずくないわよ。ただ単に、お互いに好意が芽生えているだけで別に結婚しようとか思っているわけではないのだし」
「それはそうだが……」
「それとも咲矢はその先のことを考えているの?」
意地悪そうな目で俺を見てくる弓花。
こりゃ手に負えん……
「そう不安な目をしないでも大丈夫よ。双子は結婚が禁止されているだけで、恋をすることが禁止されているわけではないもの」
「その考え方は危険だ」
「そうね。一線というものは越えないようにしないといけない」
弓花も越えてはいけないラインというものを認識しているみたいだ。
それを聞いて少し安心した。
「てーか、恋が芽生える前提かよ」
「咲矢は違うの?」
「さあな」
「正直、私は芽が出て花が咲きそうなレベルなのだけど」
「どういうレベルなんだよっ」
「こういうレベルかしら」
隣に座っていた弓花は俺の右腕に抱き着いてくる。
こいつ正気かよ……
「咲矢と一緒にいたい、咲矢に触れていたい、咲矢と」
「ストップ、暴走し過ぎだ」
「暴走している実感はあるわ。でも、この溢れる気持ちはもう止まりそうにないわ」
胸を苦しそうに抑えている弓花。
その姿は見ていられない。
まるで鏡を見ているようだ。
「きっと今は出会ったばかりで二人とも浮足立っている。地に足が着けば、冷静になれるはず。今はまだ近づき過ぎない方がいい」
「……そうね。私も冷静さを欠いていたわ」
意外にも納得してくれた弓花。
少し歯がゆいのは、どこか反論して欲しい自分がいたからだろう。
「それに俺は弓花が思っているほど良い男でもないと思うぞ。きっとこれから過ごしていくことで幻滅していくと思う」
「……はぁ、呆れた。私はあなたが良い男だから好意を抱きつつあるとでも思っているの?」
弓花は俺の発言に溜息をついている。
そして視線が恐い。
「咲矢は自分のこと好き?」
「容姿とかは別にして、自分自身はけっこう好きだな。一人の時間も好きだし、生き方も好きだ。周りに流されず自分らしく我が道を歩いてきてるからな」
もちろん自分の嫌いなところもあるが、それはそれで自分らしいと受け入れている。
「というか、ほとんどの人は自分のことある程度は好きだろ。そうじゃなきゃ、生きていけない気がする。自分が自分を認めてやらなきゃならないし」
「その通りね。私も自分のことは大好き。好きな音楽聴いて浸っちゃったりするし、難しい本読んで大人びた気持ちになったりするとことか、少し無理して強がっちゃうところとか、そんな生き方をしている自分が好きね」
「そんな当たり前のことがどうかしたのか?」
「まだ気づかないの?」
弓花は俺の目を見つめたまま、真剣な表情で言葉を口にしていく。
「大好きな自分が目の前に現れた。それを好きにならないわけないじゃない」
「んなっ」
……そういえば前に考えたことがあったな。
自分がもう一人いれば楽しいのにって。
自分の好きなゲームが相手も好きなら楽しく遊べるし、自分の好きな音楽が相手も好きならカラオケで盛り上がって一緒にライブにも行って感動を分かち合える。
自分の気持ちをわかってくれて、何でも理解してくれて……
でも実際は自分を分身させることはできないし、世の中に同じ人なんて存在しない。
夢の話のような妄想でしかなかった。
だが、今目の前にいるのは、俺の分身のような俺がそのまま綺麗な女性になった存在。
俺を好きでいてくれて、俺の全て理解してくれる夢のような存在。
それはもう宝くじが当たるよりも遥かに奇跡的な存在。
「咲矢も理解したんじゃないの?」
「いやいや、だったら他の双子も相思相愛なのか? そんなことないだろ」
「まず私達は異性一卵性双生児という稀有な存在。同性が当たり前とされる一卵性双子なのに異性になってしまった。さらに、本来なら一緒に育つ双子が生き別れた。それぞれが好きに自分らしく生きてきた。そして、私達は高校生になって再会した」
改めてまとめられると、数奇な運命とか神様の悪戯とかそういう類の稀なパターンを俺達は与えられているのだ。
「私達は普通じゃない。異常な運命を与えられている。様々な偶然が重なって、私達は禁断の恋に落ちる運命を作られてしまったというわけね」
「落ちてない落ちてない。まだ落ちてない。落ちたら終わり」
「そうね。まだ崖には手がかかっているかもしれない」
「一緒に這い上がろう」
「残念だけど、私は早くも落ちてしまったの。咲矢は頑張って這い上がってね」
俺に抱き着こうとする弓花を避ける。
このままだと道連れにされてしまう。
「まじで落ちちゃったの?」
「ええ。はっきり咲矢のことが好きだと言った方がいいかしら?」
「もう言っちゃってるからそれ」
とんでもないことになったな……
生き別れた双子と再会して恋に落ちるとは。
こんなんもう世界仰天ニュースじゃんかよ。
「俺はまだ落ちない」
「それが同じ人間だけど男女である違いね。女の子は恋に落ちやすいのよ」
まぁぶっちゃけ俺も落ちているのだが、それを口にしてしまえば終わりなわけで。
「あなたのことが好きな私が、今何したいかわかる?」
「知らんわからん」
俺を見つめながら距離を詰めてくる弓花。
「好きな人としたいことと言えば、あれしかないでしょ?」
「ストップ、止まって、この先は通行止めです」
「一度動いたものは急には止まらないわ」
弓花は俺の願いを無視して、そのまま俺に抱き着いてベッドに倒れ込む。
明らかに吐息が熱くなっていて、それが首元にかかってくる。
「好きなの、咲矢が」
「その気持ちは嬉しい」
「ずっと離れ離れだった」
「そうだな、双子なのにな」
「だから、一つになりたいの」
おいおい、これは参ったな……
再会した生き別れの中身そっくりな双子の妹が俺と一線を越えようとしてくるんだが!?
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