第10話 急接近


「ただいま~」


「遅いよお兄ちゃん!」


 家に帰ると早速、華菜かなから文句を言われてしまう。


「何かあったのか?」


「夏休み明けで部活が無かったから、家でお兄ちゃんと遊ぼうと思ったのに……帰宅部ならちゃんと帰宅してよ~」


「悪い、弓花を駅前のショッピングモールとかに案内してた」


 理不尽に怒られているが、素直に謝ることに。


「ごめんなさい、私が咲矢を連れまわしてしまったわ」


 そんな俺を見てか、隣に立つ弓花も華菜に謝っている。


「そーですか。わかりました」


 華菜は俺の背中を両手でぽこぽこと叩いてくる。

 どうやら俺はストレスの捌け口にされているみたいだ……



     ▲



 母と弓花が作った夕食のカレーを食べ終え、自分の部屋へと籠る。


 弓花といると楽しくはあるが、緊張もするので気疲れしてしまうな。


 音楽を聞いてリラックスしようとするが、華菜がノックもせずに現れた。

 そして、俺のベッドに座ってスマホゲーム始めている。


「自分の部屋でやれよ」


「めんどい」


 あまりにも自分勝手な言い分で部屋に居座る華菜。

 まぁ無理やり追い出す理由もないので、居座らせておくか。


「弓花が華菜と仲良くなりたいって言ってたぞ。だから、弓花の部屋に行ったらきっと歓迎されると思うぞ」


「ふーん」


 興味無さそうに返事をしてきた華菜。

 華菜には弓花と仲良くなる意思は無いのだろうか……


「あんまし打ち解けられそうにないのか? やっぱり女性同士で思うとこがあるとか?」


「別に。仲良くしたいとあたしも思ってるよ」


 何故か冷めた言い方をしている華菜。

 中学二年生という多感な時期なので、急に同居することになった年上の女性を受け入れるのは苦痛な面もあるのかもしれない。


「お兄ちゃんにはわからないだろうけど、難しいこともあるんだよ~」


 そう言いながら俺の布団に潜り込む華菜。


「よく躊躇せずに男のベッドに入り込めるな。俺だったら男のベッドに入るとか身震いするぞ」


 俺は潔癖症なので他人の男のベッドには入れない。

 綺麗な女性ならまだしも、よくわかんない男のベッドとかは考えただけで気分が悪くなってしまう。


「お兄ちゃんの匂いがして落ち着きま~す。現場からは以上です」


「中継先のアナウンサーかよ」


 華菜は俺や弓花と違って潔癖症ではないので特に気にしていないみたいだ……



 コンコンとノックの音が聞こえ、弓花が部屋に入ってくる。


「どうした?」


「学校の教材のことで教えてほしいことがあって」


「真面目かよ」


「真面目な理由がなければ咲矢の部屋には来ないわ」


 スマホゲームをやりにきただけの華菜とは大違いだ。

 その華菜は相変わらず布団の中に潜っていて隠れているみたいだが……


「それで、選択授業の地理の資料集って」


「待った!」


 話しながら俺のベッドに座ろうとする弓花。

 しかし、その先には布団の中に隠れている華菜がいる。

 

 このままだと華菜は弓花のお尻に潰されてしまう。

 

 俺は慌てて弓花の手を掴んで引っ張る。

 既に座る姿勢に入っていたので、手を引いて抱き寄せるように引っ張った。


「ちょっと!」


 急な事態にバランスを崩した弓花は、俺に抱き着いて転倒を阻止する。


 突然の急接近。目下に見えるのは、自分の胸の中にいる弓花。

 弓花の身体を支える手から暖かい感触が伝わり、味わったことのない幸福感に包まれる。


 華菜以外の女性とこんなに密着したのは初めてかもしれない。

 弓花の大きな胸が押しつけられていて、身体が熱くなってくる。

 

「き、急に何するのよ!?」


 顔を真っ赤にして俺を睨んでいる弓花。


 抱き着いた俺から離れるよりも先に、理由が聞きたいみたいだ。


「そ、そこに華菜がいるからだ」


「え?」


 弓花は振り向くと、布団から顔を出した華菜と目が合った。


 状況を整理した弓花は慌てて俺から離れ、壁を背にして深呼吸を始める。


「何してんのさ」


 ぽかーんとしている華菜。

 布団の中に潜っていたため、どんな状況だったかは見ていなかったのだろう。


「俺が華菜を救ったんだ。感謝しろよ」


「ありがとうお兄ちゃん!」


 華菜は俺に抱き着いてくる。

 だが、弓花の時と違って身体が熱くはならない。


「悪いな弓花、無理やり引っ張っちゃって」


「いや、そうしてくれなかったら華菜ちゃんを潰してしまってただろうから謝罪は必要無いし、むしろ私が感謝すべきよ」


 弓花は怒ってはいないみたいで安心した。

 事故とはいえ、驚かせてしまったからな……


 呼吸が乱れている弓花は、どこか落ち着かないのか周囲をキョロキョロとしている。


「あたし風呂入る~」


 華菜はマイペースを突き通し、俺の部屋から出て行く。

 その後を追うように、弓花が部屋を出ようとする。


「弓花、聞きたいことがあったんじゃないのか?」


「……明日の朝に聞くわ。今はちょっと身体が熱くて無理、冷静になれない」


 胸の辺りを抑えながら弓花も出て行ってしまう。


 どうやら弓花も俺と同じで、身体が熱くなっていたようだ。


 先ほどまでは騒がしかったのに、急に誰もいなくなって静かになってしまった。


 それにしても弓花の胸は大きかったな……

 凄い弾力があったし、服越しでも温かいのが伝わってきた。


 相手は双子でありそういう感情は持ってはならないとわかっているんだが、弓花の顔と胸が脳裏に焼き付いてしまっている。

 弓花も身体が熱くなっていたということは、俺を意識しているのだろうか……


 いや、勝手に推測するのは止めよう――

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