第9話 妹


 買い物を一通り終えた弓花と、休憩のためにコーヒーチェーン店に入った。


「今日は付き合ってもらったから飲み物を奢るわ」


「そういうのいいから。それに俺も楽しんでたから付き合ってもらったとか考えるな」


「そんなこと言って、後でツイッターとかで買い物に付き合った女性が何の感謝もせずに帰っていったエピソードを漫画にして、世間に同情を求めるような投稿をしないかしら?」


「書かねーよ。わざわざ漫画にもしない」


 むしろ俺が奢りたい気持ちだったが、先手を取られたのでそれぞれ支払うことに。


「アイスココア一つ」


「あっ、私もアイスココアで」


 俺はコーヒーが苦手なのでアイスココアを頼んだが、弓花も被せてきた。


「コーヒー飲まないのか?」


「コーヒーは苦手なのよ。甘いのが好き」


「俺も一緒だ」


 再び見つかった共通点。

 少し気恥ずかしくなって背を向けたが、弓花もそうしたのでお互いに真逆を向く変な格好になってしまった。



 アイスココアを受け取り、空いている席に座る。


 女子と放課後に買い物してからコーヒーチェーン店で休憩するなんて、俺の人生も充実したものだな。

 まぁ相手は双子なんだけど……


「部活とかやらないのか?」


「やる気無しよ、前の高校でも帰宅部だったし。スポーツとか芸術とか好きだけど、上下関係とか部活仲間とか面倒過ぎて苦痛でしかないわ。咲矢も同じでしょ?」


「何でもかんでも一緒にするな。俺はバスケ部だし」


「そんな……信じられない」


 俺の発言に絶句する弓花。

 部活をやっているだけでそこまで驚くか……


「まぁ、馴染めなくて一週間で辞めたけどな」


「たった一週間では部活をしていたと認めないわ。脅かさないでよ」


 素直に部活はやっていないと言わなかったので、弓花に睨まれた。



「これから放課後はどうするんだ? 何もせずに過ごすのか?」


「学費の安い国立大学目指して勉強するだけ。そういう咲矢は普段何してるのよ?」


「俺も大学受験に向けて勉強してるよ。家庭の負担を考えたら、俺も国立大学に行きたいしな」


「それは好都合ね。目的が同じなら一緒に勉強できるし、教材の貸し借りもできる。さらには住む家も同じで励まし合える。一緒に頑張りましょう」


「そうだな。一緒に頑張るか」


 これから弓花と一緒に勉強をしていく未来を軽く想像したが、それはあまりに充実した風景だった。


 弓花のような綺麗な女性が一緒なら勉強も頑張れそうだな。

 偏差値も十くらい上がりそうだ。

 やる気も出るし、頑張り甲斐がある。


「藤ヶ谷家では上手くやっていけそうか?」


「お母様が優しいもの、何の不安もないわ。積極的に家事を手伝うつもりだから、何かあれば私にお願いして」


「ならいいんだが……母のこと嫌じゃないのか? 上手くは言えないが、弓花の父親と離婚して弓花を手放したというか父親の方に任せたわけだし、俺ならあまり受け入れられそうにないんだが」


 聞き辛いことだが、弓花が母親をどう思っているかは早めに知っていた方がこちらとしても今後上手く立ち回れる。


「父はお母様のことをとても優しい人だと私に言い聞かせていたわ。悪いのは全部自分だって。離婚の原因は話してくれなかったけど、私の父に非があったことは間違いなさそうね」


 離婚の理由は俺も母親から伝えられていない。

 いつか教えてくれる日もありそうだが、自分からは聞き辛いな。


「お母様とは葬式の日が来るまで一度も会っていなかったけど、父の葬式の時に誰よりも泣いていたわ。その時に、父が優しい人だと言っていた理由が少しわかった気がしたの。それに声もかけてくれたしね」


 どうやら俺が心配することは一つもなさそうだ。

 最初から好印象なら、仲良くなれる道筋しかないはず。


 逆に俺は本当の父親と一度も会えないことになってしまったわけで……

 それが少し、残念だなとも思う。


「妹の華菜とは仲良くなれそうか?」


「憤りを感じているわ」


 あれれ?

 華菜のことが不快なのか、何故か憤りを感じているぞ。


「何でだよ」


「あんな可愛い妹さんがずっといた咲矢の人生に腹が立つのよ。私は妹が欲しくてもずっと一人だったのに……同じ双子なのに不公平だわ」


 どうやら憤りを感じているのは妹ではなく俺にだったようだ。

 こればかりはそういう運命だとしか言い訳できない。


「それは、まぁ仕方ないだろ。それにこれからは華菜は弓花の妹でもあるわけだから、これから可愛がればいいだろ」


「そう、できればいいんだけど。あまり仲良くなれる気がしないのよね……私の勘だけど」


「できるだろ。華菜は人懐っこくて、こっちが何もしなくても寄ってくるぞ」


「誰でもその態度を見せるわけじゃないわ。それはきっと咲矢が信用されているからね」


 言われてみれば華菜は俺と母親にだけべったりだが、友達とかとそういうシーンは見たことないな。


 というか、友達とか一度も家に連れて来てないな。

 部活が無い日は家に直帰して部屋で漫画とか楽しむか、俺とゲームするだけだし。


 まぁ俺も友達を家に呼んだこととか一度も無いけど……

 そもそも友達いないけど。


「はぁー……私もお姉ちゃんって呼ばれたい」


「呼ばれてないのか?」


「弓花さんと呼ばれるのよ。明らかに距離感を感じているわ」


「お姉ちゃんって呼んでいいよって伝えれば?」


「今それを言えば、嫌ですって言われそうな気がして恐いの。そんなこと言われたら私泣いちゃうだろうし。だから、もっと仲良くなってからお願いするわ」


 華菜と弓花がどう仲良くなるかは要注目ってことだな。

 仲良くなりたい意思はあるので、華菜がそれを受け入れるかどうかの単純な話だが。


「まぁ岐阜からこっちに来て、知人も友人も一人もいないんだ。何かあったら何でも相談してくれ、その時は全力でサポートするから。俺にできることならだがな」


「あら、良いこと言ってくれるじゃない。でも、向こうでもほとんど一人だったから、何も変わらないわよ。咲矢に泣きつくことはなさそうね」


 悲しいことに、俺もこの住んでいる街で相談できる人とか助けてくれる人は家族ぐらいしかいないな。


「双子だからな。支え合うのが当然だろ」


「そうね。でも私の方が妹だから、どちらかと言うと甘えて支えられる方が多そうね」


「そうなのか!?」


「あら、お母様に聞いてなかったの?」


 どうやら弓花の方が妹だったみたいだ。

 まぁ双子の兄妹って、先に出てきたか後に出てきたかの違いでしかないので、そこまで重要視するものではないのだが。


「私もお兄ちゃんって呼んであげようか?」


「それは変な感じになるから止めてくれ」


 弓花にお兄ちゃんなんて言われたら違和感が凄い。

 でも、罰ゲームで呼び方を変える日とかがあっても悪くないかもしれないな。


「そろそろ行きましょうか。夕飯のお手伝いもしたいし」


「そうだな」


 俺達はコーヒーチェーン店を出て、家へと帰ることに。


 

 少しの間だったが弓花と二人の時間を過ごしたことで、理解できたことが多かった気がする。


 そして、また二人で買い物にでも行きたいと思ってしまった。

 そう思えるほど、どこか心地良い時間だった――

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