第8話 放課後


 全ての授業が終了し、帰りのホームルームが終わると同時に俺は教室を出た。

 その間わずか二秒。俺より早く教室を出たものはいない。


 その後ろを弓花が少し距離を空けてついてきている。

 一緒に帰るという意味なのだろうか……



 校舎を出ると、弓花が俺の元に駆け寄ってきて隣に立った。


「一緒に帰るか?」


「ええ。駄目かしら?」


「構わないが、誰かに見られると変な噂を立てられるかもしれないぞ。双子だと公表していないわけだし」


「どうせ私みたいな嫌われ者は、何もしなくても変な噂立てられるから気にしないわ」


 開き直っている弓花。まぁ俺も周りから何か言われようが気にするタイプではないが。


「もう家に帰るの?」


「そのつもりだが」


「せっかくだし、駅前とか案内してもらえないかしら?」


「お、おう」


 意外と積極的に誘ってくる弓花。

 お出かけは一人でするのが好きなのかと思っていたが、俺に案内してもらいたいみたいだ。


 クラスメイトの男子には拒否反応を示しているのに、俺には拒否するどころか積極的に近づいてくる。

 俺が弓花にとって特別な存在のような気がしてきて嬉しくなるな。


「もっと一人でいるのが好きなのかと思ったが、意外と一人を拒むんだな」


「一人が好きよ。でも、今はあなたとの距離を縮めたいと考えているの」


「その心は?」


「私達は珍しい異性での一卵性双生児の双子。本来ならずっと近くで一緒に過ごす人生だった。でも、今まではずっと離れ離れだった。双子なのに距離感があるのは、少し心が落ち着かないのよ。だから今までの時間を取り戻すためにも、あなたとできるだけ一緒に過ごしたいの」


 なかなか大胆な発言だが、弓花のような綺麗な人にそんなことを言われるのは素直に嬉しい。

 双子という珍しい立場ゆえに独特な心の問題があるのだろう。


「咲矢は違うの?」


「俺もそういう気持ちは無くはない。弓花のこともっと知りたいとは思うし」


「なら、問題は無いわね」


 どこか心が落ち着かないのは俺も一緒だ。

 それがまだ互いを理解できていないからなのか、それともまた別の理由なのかは自分でもわからないが……


「てーか名前呼びでいいのか? 外では苗字で呼び合うんだろ?」


 俺もつい弓花と呼んでしまったが、まだ俺達は学校を出たとはいえ帰宅していない。


「ルール変更。外でも学校でも二人きりの時は名前で呼び合いましょう」


「りょーかい」


 やはり双子なのに苗字呼びは慣れなかったのか、ルールの変更を決めた弓花。


 その後は特に会話もなく、静かに駅前へと歩いて行った。



 三分ほど歩くだけで駅前の繁華街に辿り着いた。


 ここ、さいたま新都心駅は駅と大型ショッピングモールが繋がれており、大規模な施設となっている。

 反対口にはライブやコンサートが行われるスーパーアリーナがあり、高層ビルも乱立している。


 その名の通り近未来を感じさせる駅だ。

 公園や休憩スペースも充実しており、俺達が通う新都心高校の生徒も多い。


「一度駅には降り立ったことはあるけど、改めて本当に凄いわねここは……埼玉だけど東京に引けを取らないレベルだわ」


「もう俺は慣れてこれが普通だと思っているけどな。やっぱり岐阜県民からしたら凄いレベルなのか」


 弓花は埼玉とはいえ上京した気持ちでいるだろう。

 少し心が躍っているようだ。


「早くショッピングモールに入りましょう」


「焦らなくてもショッピングモールは逃げないぞ」


「子供扱いしないで」


 軽口を言うと弓花に睨まれた。


 双子とはいえ、馴染みの薄い美女とショッピングモールに行くのはデートのような感覚に陥る。


「何これ……作りが綺麗だし、映画館もあって別館には大きな電気屋さんもあるわね」


 弓花はキョロキョロと店を眺めながらショッピングモールを歩いていて、人とぶつからないか心配になる。


「寄りたいショップがあったら入っていいぞ」


「ええ。どこも興味があるから厳選するわ」


 周りには手を組んで歩いている学生カップルや、子供連れた主婦の姿が見える。

 俺達も周りから見ればカップルにでも見えるのだろうか……


 弓花は雑貨屋さんに入っていたので、俺もその後をついていく。


「芳香剤が欲しいのか?」


「そう。今の部屋には無いし」


 弓花は芳香剤のコーナーで商品を物色している。


「そういえば、咲矢って石鹸の香りがする香水つけてるでしょ?」


「ああ、薄くだがな」


「今日はつけてなかったけど、私も普段はその香りの香水をつけているわ」


 どうやら香水の香りの種類まで一緒なようだ。

 やはり双子なので同じ嗜好を持っており、好む香りも同じということだ。


「だからかしらね、咲矢の傍にいると自然と落ち着くわ」


「となると、俺もこれから弓花の傍にいると落ち着くのか」


「そういうことになるわね……やはり双子、相性は抜群だわ」


 弓花は石鹸の匂いがする芳香剤を手に取った。

 柄は異なるが、俺が部屋で使っているものと同じ匂いだった。

 

 石鹸の匂いって清潔感があるから落ち着くんだよな。

 やはり同じ潔癖症なので清潔感のある匂いを好むのだろう。


「お金出そうか?」


「必要ないわ。何で私の買い物なのに咲矢が出す必要があるのよ」


「後でツイッターとかで、一緒に買い物に行った男が奢ってくれなかった、日本の男子終わってるとか書かれて、俺のせいで日本の男子全員に迷惑かけるの嫌だし」


「そんなことしているのは一部の勘違いした女性だけよ」


 女性と買い物に行く機会がほとんどないので変な気を回したが、余計な心配だったようだ。



「荷物持とうか?」


 買い物を終えた弓花。


 荷物ができたので、それを持つと名乗り出る。

 俺は買い物する気はないが弓花はまだ買い物したいだろうし、荷物があっては邪魔なだけだろう。


「その必要はないわ。何で私が買った物なのにあなたに持たせる必要があるのよ」


「後でツイッターとかで、一緒に買い物に行った男が荷物も持たずに女性の私にずっと持たせていた、日本の男子まじワールドエンドとか書かれて、俺のせいで日本の男子全員がワールドエンドされるの嫌だし」


「だ・か・ら! そんなことをしているのは一部の勘違いした女子だけよ。偏見が凄いわね」


 弓花は呆れた口調で答える。


「あまり女子と買い物したことないからな。何か粗相をして、せっかく再会した双子に嫌われるのは避けたいからな。気を使う」


「……咲矢のこと、そんなくだらない理由で嫌いにならないから安心して。それに、私も父親以外の男性と買い物したことないもの。このまま連れまわして嫌われないか心配だわ」


「安心しろ。俺はそんなちっちゃな男じゃねーぞ」


「そういうことよ。私もそんな小さなことは気にしない。気を使わなくていいから」


 微笑みながら気にしないと言った弓花。

 他の人には見せていないその優しい表情を見て、少し気恥ずかしい気持ちになった。


 その後も弓花と買い物を続ける。

 俺は弓花の後をついていくだけだが、とても楽しい気分になっている。

 

 もっと近づきたい、触れていたいという気持ちが湧き出るが、それは不味いなと自分を律する。


 相手は双子、恋人ではないのだから……

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る