第3話 鏡


「ごちそうさまでしたー」


 母が注文してくれたお寿司の出前を食べ終え、華菜かなは満足気な表情を浮かべる。

 正直、俺は美味しい寿司をそこまで味わえずにいた。

 弓花さんのことが気になってしまい、何の寿司を食べたのかさえおぼろげだ。


 食事中は弓花ゆみかさんの住んでいた岐阜の話や、藤ヶ谷ふじがや家の住むさいたま市の交通情報や買い物事情などを話していた。

 だが、そこには張り詰めた空気が漂っていて、まるで面接をしているかのような雰囲気だった。

 


 俺はみんなの食器をまとめて洗い物をしようとすると、弓花さんに声をかけられる。


咲矢さきや君、私に洗い物をさせてくれないかしら? 居候の身だし、美味しい食事を食べさせてもらったから何かしないと気まずいわ」


 肩身の狭さを感じているのか、洗い物という仕事を自ら進んで手伝おうとする弓花さん。


 初めて俺の名前を呼んできたので、思わずドキッとしてしまう。

 一緒に住むことになったので名前で呼ばれるのは当然だが、綺麗な女性に呼ばれるのはやっぱり恥ずかしい。


「……じゃあ、任せる」


 ここは弓花さんに任せた方が良さそうだ。

 彼女も何か家事を手伝わないと心が落ち着かないだろうしな。


「洗い終わった食器はここに置いといてくれ」


「わかったわ」


 コミュニケーション能力が無いわけではない。

 ただ、明るいわけでもない。

 そんなところが、俺と似ているなと勝手に思う。


「咲矢君って潔癖症でしょ」


「何で知ってんだ?」


「私も同じだから」


 私も同じ……ということは弓花さんも潔癖症ということだ。


「普通の人は食べ終えてすぐに食器洗いしないもの。一人暮らしならまだしも、特に家族の場合はね。使った食器を少しでも放置しているのが嫌なんでしょ?」


「その通りだな」


 話しながら食器を器用に洗う弓花さん。

 洗い残しなく、隅々まで丁寧に洗っていて神経質であることも伝わる。

 双子ってことは血液型も同じA型なんだろうな。


 それにしても胸が大きいな。

 真横から見るとその大きさが明確になって表れるぞ。



     ▲



 少し気疲れしてしまったので、自分の部屋に入ることに。

 自分の部屋なら一人になることができて、疲弊した心も安らげる。


 しかし、そんな俺の時間を壊すかのように華菜がノックもせずに部屋へ入ってきた。


「華菜さんよ、どうしたんだ?」


「何かお兄ちゃん、やけに緊張しているというか恥ずかしがってない?」


 華菜に痛いところを突かれる。

 何故か弓花さんを見ると緊張というか、そわそわしてしまうところがある。


「別に……」


「図星じゃん」


 弓花さんはやっぱり俺と似ているところがあるからな。

 性別以外は鏡を見ているみたいで、何だか気恥ずかしくなってしまう。


「というか弓花さんの胸ばかり見てない?」


「三回しか見てねーよ」


「そんな正直に答えてくれなくても……」


 そう、弓花さんの性格は俺と似ているのだが、明らかに俺に無いものを持っている。

 それはとてつもなく大きな胸であり、どうしても視線がそこに入ってしまう。

 これは男子なら誰でも同じだろう。


「綺麗な人だからって変な気を起こさないでよ」


「その心配は杞憂だ。何故なら俺と弓花さんは双子だからだ。そういう気にすらならねーよ。華菜だって兄妹の俺とそういう気にならないだろ?」


「……それはよくわかんないけど」


「わかんないのかよ」


 顔を真っ赤にして否定はしなかった華菜。

 ちょっとお兄ちゃん心配になるな。


「とにかく、何か気まずいからお兄ちゃんしっかりしてよ!」


「まぁ、初日から打ち解けろなんて無理な話だろ。ちょっとずつ仲良くなればいいんだよ」


「そんなこと言って~きっと一ヶ月後も同じこと言ってそう」



 華菜は俺を信用していないみたいだが、俺には自信がある。

 やはり双子ということで、性格の一致が大きい。


 先ほども同じ潔癖症であることを確認し合った。

 性格が一緒なら相手のことも理解できる。


 相手の嫌なことや好きなことが理解できるので、仲良くなるのも意外と簡単かもしれない――

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