第5話 需要の限られる物は必然的に供給も限られるゆえ、結果的に価格が高騰する。

 放課後、あいだ少年とマッド、キドケンの三人はゴミ捨て場に向かった。ゴミ捨て場の敷地のほぼ中央に、隠れるように残っている小屋が彼らの秘密の場所だ。


「すげえ夢見たんだよ」

 小屋に着くと女性用下着に何かを塗ったくっているマッドにあいだ少年は話しかけた。

「午後の授業中に寝てたらさ。物すげえ人数の全裸の女が迫ってくんのよ。で、そいつら全員処女でさ」

「何で処女って分かるんだよ。モノホンなんて絶滅危惧種なんだぜ。AVの処女物だって眉唾ものだろ? 何とかクリニックで処女膜再生させた養殖物が大量生産されてる時代だぜ? 見分けられる訳ねーだろ」

 マッドよ。君はもう少し希望を持て。悲観的すぎやしないか。それ。


「それがさ、その女達ときたら額にサインペンで処女って書いてあるんだよ」

「何だ、それ! 下らねえ! って、やべっ」

 下着に塗りたくっていた液体が数滴、マッドのズボンに落ちる。


「さっきから何やってんだよ、マッド。何だよそれ?」

「この液体はマッド様特性『人工おりもの』だ」

「はぁ?」

「主な成分はコンビニとか学校とか公衆トイレの汚物箱の中身なんだが、それに少々の酢酸と……」

「ちょっと待てマッド。さすがのオレでもそれは引くわ」

「オレだって好きでやってるわけじゃねぇよ。そもそもオレはパンツなんかに興味ないし。けどな。使用済み下着が相応な額で売れるのは商品を売りに行くミツオが一番知っているはずだろ?」

「まあな。交渉が楽な商品ではあるし、ネット販売でも良好だ。少々ニッチな需要だから供給も限られて、結果的に価格が高騰してるんだろうな」

「だが困った事に、先日キドケンが見つけてきた大量の下着は、どれもほぼ新品なんだ。だからこうして加工を施さなきゃならん訳だよ。オレが身を削って作った自信の一品になるだろう」

「ちょっと待て。身を削ったってどういう意味だ?」

「あー。この液体な、汚物箱の中身と酢酸以外にオレのおしっこが入ってんだよ」

「うわ、マジ汚ねえ!」


 二人が騒いでいると、小屋の入口から大きな段ボールを担いだキドケンが入って来た。

「騒がしいな、おい」

「おー、おかえり。どうだった?」

「今日は大量だぜ。AVにパンツにエロゲーそれから……」

 あいだ少年とマッドは立ち上がり、段ボールから出てくる卑猥な製品に目を輝かせた。


「これが今日一番の目玉製品だぜ」

 キドケンが掲げたのは、警官の制服だった。二人は「おぉー」と歓声を上げる。

「少し汚れと解れがあるけど、品質は悪くない。修理すれば良い感じになりそうだ」

 とマッド。

「コスプレ製品は高値で売れるぞ。しかも質が高けりゃ、価格は一気に跳ね上がる」

 とあいだ少年。

 キドケンは自分の仕事に鼻高々だ。

 マッドは小屋にあるミシンの調整を始めた。キドケンは

「あのなりで裁縫もできるってのは気持ちわりーな」

 と小声であいだ少年に話しかける。


 これが三人の秘密だった。まず体力があり、意外と目利きなキドケンがゴミの中から使えそうなものを探し出す。

 次に手先が器用で、アングラな知識が豊富なマッドがそれを修理する。

 最後に歳の割に、口が達者な間少年がリサイクル業者やネットを用いて出来るだけ高く売る。


 こんなサイクルで本当に小遣い稼ぎが出来るのか? と疑問に思うだろう。もちろん普通の物を売ってたら大した稼ぎにはならない。だが、彼らが主に修理、転売したのはアダルトDVD、アダルトゲーム、コスプレグッズ、拘束具、使用済みの下着などえげつない物ばかりだ。


 マッドによる修理のクオリティも相当高い。DVDやゲームはパソコンでコピー、薄汚れたパッケージも画像修整ソフトで作り直し、新品同様の物を大量生産していた。小屋の中には焼き増ししたエロDVDや直しかけのコスプレグッズ、修理に使うミシンに工具、消毒用アルコールなどが並んでいる。

 彼らの行為には違法な物も含まれていたが、時にこのような悪事が友情に結束をもたらす事はしばしばある。違法なものは違法なんだけれども。


 小屋の外で声がした。

 騒いでいた三人だったが合図をしたように口を閉じる。まずキドケンが窓に駆け寄って外を見た。他の二人もそれに続く。


「アレ、島高の連中か?」

 とキドケンが言う。島田高校(通称:島高)は彼らの学区内で最も荒れている学校だ。生徒がオリンピックと同じくらいの周期で、傷害事件を起こすと有名だった。


「あいつ、藤田じゃないか。島高の番長の」

 間少年が指をさす。

 島田高校指定の学ランを着た学生達の中に一人、短ラン、ボンタン、リーゼントと言った格好の男がいる。往年不良ファッションの三位一体だ。

「あの時代錯誤なセンスは藤田で間違いねえな。相変わらず鎖国でもしてんのかね? 次の番長はちょんまげでも結い始めたりしてな」

 とキドケン。


 島高の生徒達は、誰かと話をしているようだったが、間少年達の場所から相手までは見えなかった。


「何にしてもウザッてえ連中だから、潰してくるか」

 とキドケンは立ち上がる。

「よせ、バカ。大事にすんなよ。しかも十人はいるぞ。勝てるわけないだろ」

 とマッドはキドケンの肩を掴んで引きとめる。

「マッドの言う通りだよ。とりあえず様子を見ようぜ。ばれないように電気を落としとくぞ」

 間少年は小屋の入り口にある発電機を止めようと振り向いた。


 振り向いた間少年の前に、少女の幽霊が立っていた。


 昨夜より少女がはっきりと見えた。色白で黒髪の少女は、前髪をヒマワリのチャームが付いたヘアゴムで止めていた。オレンジ色のワンピースを着て、いかにも活発そうな雰囲気だが、間違いなく生きた人間じゃない。少女の姿は足に向かうにつれ、霞んでいたからだ。

 間少年はこの時、昨日の夜の出来事も、今朝のサナからの忠告もすっかり忘れていた。不意打ちのような少女の幽霊の登場に居ても立ってもいられず、彼は叫び声を上げて小屋から飛び出した。


「ってミツオ! どこ行くんだよ!」

「お前が一番目立つじゃねえか!」

 キドケンとマッドも慌てて小屋を出て間少年を追った。


 外に出ても少女の幽霊が目についた。粗大ごみの陰に隠れていたり。壊れたブラウン管テレビの画面にオレンジ色のワンピースが映り込んでいたり。間少年を待ち受けていたように捨てられた冷蔵庫が開き、その中から少女が笑いかけていたり。

 ゴミの山の中、間少年の状況はまさに五里霧中。めちゃくちゃに逃げ回った結果、彼が島高の不良達の密談場所へ転がり込んでしまったのは無理もない。


「お前、そこで何してんだ?」

 間少年を見つけた藤田が、ドスを利かせた声で言った。

 密談場所には島高の不良達の他に、昼休みにキドケンにボコボコにされた上級生もいた。彼らが何を話していたかは知らないが、間少年はそれどころじゃない。慌てて走り出すのだけれど

「何してんだ、追え!」

 後ろで藤田の怒鳴り声がする。幽霊だけじゃなく、島高の不良達からも追いかけられる羽目になってしまったのだから。ついてないな、間少年。


「ミツオ、こっちだ!」

 彼はゴミ山の陰からマッドの声が聞こえた。間少年はマッドの元へ駆け寄りながら

「ヤバい事になった。逃げないと」

「原因を作ったのはミツオだけどな。ま、あれを見てろって」

 マッドが指を向けた先に沢工の制服を着た小柄な学生が一人、立っていた。

「おい。ヤバいだろ、あいつ。誰か知らないけど巻き込まれるぞ」

「良いから静かにしてろって」


 島高の不良達がやって来る。彼らはゴミ捨て場の中でたたずむ沢工の学生を見つけ、声を掛けた。

「もう逃げねーのか?」

 不良たちは走るのを止め、ケラケラ笑いながら足元に落ちていた空き缶を沢高の学生に投げた。小柄な沢工生は沈黙でそれに答える。

「腹くくったって事か?」

 島高の不良達が笑いながら近づいてくるが沢工の学生は微動だにせず、彼らに背中を向けていた。

「何とか言ったらどうだ?」

 藤田が沢工の学生の肩を勢いよく掴んだ。すると勢いのまま、小柄な学生の上半身がぐにゃりと崩れ落ちる。


「キドケン。たった今オペレーション・ダッチの成功を確認した。安全が確保された後、我々も合流場所へ向かう」

 携帯電話に向かってマッドが話しかける。


「なんだこりゃ! ダッチワイフじゃねえか!」

 ダッチワイフを掴み上げる藤田の怒鳴り声がゴミ山にこだまする。

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