第6話 親身になってくれる友達の存在は嬉しいが、それが良き理解者であるかどうかは別の話。

「アイディアはオレで、セットしたのがキドケンだ。筋肉バカにあんなこじゃれた事、思いつくわけないだろ」


 沢高の不良たちを振り切ってゲームセンターまで逃げてきた後、休憩用テーブルでマッドが言った。

 先にゲーセンに着いていたキドケンは少し離れた所で格闘ゲームをやっている。対戦者にフルボッコにされていた。


「ちょっともったいない気もするけど、中古で旧式のダッチワイフなんて買い手がなかなか見つからないからな。悪くない活用法だっただろ?」

 マッドはそう言って並びの悪い歯を見せるが、あいだ少年の表情は曇ったままだった。


「……ミツオ。何があったんだよ。ちょっとおかしいぞ」

「おかしいよな……オレもおかしいと思う」

 あいだ少年は力無く笑った後、隣を見た。

 少女の幽霊があいだ少年の裾を掴んで、チョコンと座っていた。

 少女が笑う。

 あいだ少年は引きつった笑顔を返す。


「話してみろよ。改めてこんな事言うのは気持ち悪いけど、オレら友達だろ?」

 あいだ少年は嬉しかった。こんな自分にも親身になって悩みを聞いてくれる友達がいる事に感動した。

「聞いてくれるか?」

 全てを話した。

 今見えている少女の幽霊の事、今朝セナに「水子が付いている」と言われた事。昨夜のオナニーを少女に見られたかもしれない事まで包み隠さず話した。

 マッドは間少年が話し終えるまで黙って聞いていた。


 話し終えるとマッドは厳かに言った。

「ミツオ。安心しろ。お前があの誓いを忘れない限り、オレはいつまでも友達だ」

(は?)

 間少年はマッドの目を見る。マッドは悲しい目をしていた。

「脳内彼女って奴なんだろうな。まさかミツオが、幼女に目覚めるとは思わなかったが……」

 駄目だこいつ。

「で? その幼女は二次元なんだろ? それにしてもオレンジのキャミワンピに、ヒマワリのヘアゴムはナンセンスだな。もうちょっとフックを利かしたデザインじゃないとキャラが立たない」

「マッド、オレの話し聞いてたか? お前は大きな勘違いをしている」

「まさか三次元なのか!」

 マッドは驚いた様子で椅子から立ち上がる。が、すぐに落ち着きを取り戻し座りなおすと

「ま……まぁ、あくまでも脳内での話だもんな。何も悪い事はしてないわけだし。そう塞ぎ込むなよ」

「だからな、マッド。違うんだって」

「大丈夫だ。オレは何もかもわかってる。もう何も言うな」


 さすがの間少年でも、あらん方向への勘違いが止まらないマッドに腹が立ってきた。

(もう知らん。こいつ一発ぶん殴ってやろう)

 右腕を振りかざしながら、ゆらりと立ち上がる間少年。


「ざっけんじゃねーよ!」

 右腕が振り下ろされると同時にキドケンの怒鳴り声が響いた。

 その声に驚いたマッドは立ち上がって振り向き、タイミングよく振り下ろされた間少年の拳をスルリとかわす。間少年は勢い余って目の前に突っこんで、テーブルの上に置かれたジュースや灰皿を辺りにまき散らした。

 そりゃ、殆ど喧嘩なんてした事が無くて、運動神経の良いわけでもない彼が、まともなパンチを打てるはずない。


 怒鳴り声を上げていたキドケンは格闘ゲームの前に置かれた椅子を蹴り飛ばしていた。

「お前ら、二人とも何やってんだよ」

 テーブルの上に倒れ込む間少年と、激怒しているキドケンにマッドは困惑した。

「聞くな、友よ」

 と間少年は小声でつぶやく。


「てめぇ、オレの金いくらブン取ったと思ってんだ、コラ?」

 どうやらキドケンは格闘ゲームで対戦していた相手に向かって怒鳴っているようだ。間少年とマッドは、キドケンが馬鹿な真似を起こす前に止めないと、と駆け寄るのだが、そのときゲーム機の陰からスーツを着た体格の良い中年男が出てきた。


「おーや、元気だねぇ」

 と口元だけ笑みを作って男が言った。

「あ? おっさんがこんな時間にゲーセン来てんじゃねえよ。リストラか?」

「よせって、キドケン!」

 マッドがキドケンの肩を掴む。

「こんなとこで喧嘩するな。特に、この人に喧嘩売るのはマジでマズい」

「はぁ? 何言ってんだ?」

「土屋君じゃないか。奇遇だね。私の事を覚えていてくれたのかい?」

 マッドは男から目を背ける。

「マッド、知り合いなのか?」

 間少年が尋ねる。

「昨日、オレに職質した猿股って刑事だ」

「名前まで覚えてもらえるなんて、光栄だな。おじさん」

「刑事がゲーセンで職務放棄か? 良い仕事だな? おい?」

 キドケンが絡む。

「それじゃ、今から職務を再開しよう。とりあえず持ち物検査だ。カバンの中身を見せなさい」


 三人は沈黙した。


 それはそうだろう。

 間少年の鞄の中には『はだかでおふろ2・○学生の泡風呂日記』、マッドは『魔封性女伝・淫滅の剣の章』、キドケンは『キャットファイト・国際マッチ』が入っているのだ。キドケンがこれをどう活用するのか気になるところだが、とにかく公衆の面前でカバンを開けられるわけがない。


「オレらが何したって言うんだよ」

 キドケンが噛みつく。

「君はあのゲームで私に何回負けたと思ってる? 二十一回だ。金額にして四〇〇〇円以上使っている。随分羽振りがよさそうじゃないか。小遣いを稼ぐ秘密があるんなら私にも教えて欲しくてね」


 沈黙していた間少年が口を開いた。

「公務員は副業禁止でしょ? それに、これって職務質問にともなった所持品検査ってヤツですか? あくまでも任意で、強制力はないはずですよね? 猿股さん」

「よく知ってるな、少年。確かに強制じゃない。別に見せなくても構わないよ。今日のところはね」

「見せるわけねーだろ。ほら、もう行こうぜ」

 キドケンがそう言うと三人の少年たちは歩き出した。口元の笑みを決して絶やさない猿股の視線を背中に感じながら。


 だが、すぐに間少年は後ろからズボンを引っ張られるのを感じた。振り返れば幽霊の少女がズボンを掴んでいる。

「うわっ。ちょ、何すんだよ」

 何もない足元を見て騒ぐ間少年。それを見た猿股が

「どうしたんだい。博識な少年」

 と尋ねてくるから、とっさにマッドが

「何でもないです。こいつにはオレンジ色のキャミワンピを着た脳内彼女がいて、それと戯れてるだけで全然怪しくないですよ」

 と割って入る。いや、それ十分怪しいだろ。

「ほら、行くぞミツオ。キャミワンピにヒマワリのヘアゴム幼女とは後で遊べよな」

「ちょっと待て。ヒマワリのヘアゴム……」


 猿股は眉間に皺を寄せる。幽霊の少女が猿股の顔を見てニコニコ笑っていた。

「猿股さん、もう良いでしょ。ヒマワリのヘアゴムって設定が気に入らないのは俺も同じだからさ」

 マッドよ、なぜお前はそこを引きずる。そんなマッドを無視して猿股は間少年の肩に手を置いた。

「ミツオ君と言ったな。オジサンは悪くないセンスだと思うぞ」

(駄目だ、この大人)

 三人の少年はそう思った。


 キドケンが「行くぞ」と間少年の腕を掴んで走る。マッドもそれを追う。

「そんなに嫌わなくても良いじゃないか」

 猿股は声が後ろで聞こえた。

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