第3話 人間は一カ月以上のオナ禁で最強の戦士になれるんだぜ。

 目が覚めると昼休み。寝過ぎだろう、いくらなんでも。

 後ろの席でマッドはお冠だった。何でもあいだ少年はずっと寝てるし、キドケンはさっきまで連絡が取れないしで、誰にも相談出来なかったそうだ。


「お前らは事の重大さを分かっていない」

 と短い手足を振り回して、怒りを主張していた。


「そう怒るなって。キドケンはウチのクラスに来るのか?」

「マジでヤバい話なんだ。こんな所で出来る訳ないだろ。キドケンは学校の裏庭に呼んでおいた。もう向かってるって。オレ達も早く行こう」


 マッドに促され、あいだ少年は裏庭に向かった。「急げ」とうるさいマッドをなだめながら途中、購買で昼飯とジュースを買って。


※ ※ ※


 二人が裏庭についた時、そこでは怒鳴り声と鈍い音が響いていた。裏庭や体育倉庫と言えば、かつて不良達がカツアゲにタバコ、シンナー等の悪さをする伝統的な空間だ。


 だが時代は変わった。今やメリケンサックを握りしめ、青白い生徒から金を巻き上げる不良達の聖域ではない。

 そう、時代は変わったのだ! 今は人知れずスマートフォンを握りしめ、画面に映るエロ動画でいきり立った逸物をしごきあげるオナニスト達の性域なのだ!


 蛇足だが、あいだ少年は体育館倉庫で学園物の動画をオカズに一発抜いた事がある。「最高の体験だった」とマッドに感想を述べると、「臨場感がスゲーよな! 見つかるかもしれないプレッシャーもたまらないし」と共感を得た。

 刺激に飢えた彼らのような世代にとって、一種のエクストリーム・スポーツのような物なのである。とフォローしてみたが、やっぱり無理だ。そもそもしょっぱい青春を送ってるお前らが、学園物を見たところで臨場感なんてあるわけないだろ。


「誰だよ。時代遅れな事してるなー」

 裏庭の手前で怒鳴り声を耳にしたマッドが呟く。

「不良の喧嘩など、昭和と言う暗黒時代が落としたクソみたいなものだ。何年何組のバカだ」

 二人は物陰から裏庭を覗き込んだ。

 隣のクラスの木戸きどまさる(通称:キドケン)がそこにいた。二人は心の中で「やっぱお前かよ!」と突っこみを入れる。


 キドケンの他に三年生が二人いた。あいだ少年は二人に見おぼえがあった。この学校では希少種の不良生徒だ。三年生の一人は今、地面に転がって鼻血を流しながら嗚咽を漏らし、身長が百九十センチを超えるキドケンに胃のあたりを踏みつけている。

 もう一人の三年生はキドケンに胸倉を掴まれ、頭突きを鼻に食らっているところだった。鼻から蛇口を捻ったように血が噴き出す。おぞましい光景だ。


「こんなもんかあ? 面白くねえなあ」

 と笑うキドケン。

「おぞましい奴だ」

 マッドが口走る。あいだ少年もマッドの意見に同意だった。


「ほら、さっさと失せろ。弱いくせに喧嘩売るんじゃねぇよ」

「喧嘩を売るつもりなんてねぇよ。良い物をやろうと思って……」

 足元で呟いた三年生の鳩尾にキドケンが体重を掛けると、辺りにうめき声が響いた。


「ほらさっさと帰れ、帰れ」

 二人の三年生はキドケンから逃げて行き、三年生たちの姿が完全に見えなくなってから、あいだ少年とマッドは裏庭に入った。


「相変わらずだな、バイオレンス・ジャンキー」

「なんだ、ミツオか。最高の褒め言葉だぜ、それ」

 キドケンは一年まで間少年やマッドと同じクラスだったが、二年のクラス替えの時に別のクラスになっていた。だが彼らは、今も変わらずこの三人だけでつるんでいる。


中庭にある朽ちかけた木製のテーブルに三人で座と、間少年は購買で買ったジュースとパンを貪り始めた。

「何も分かっちゃいないな。キドケン」

 とマッド。

「何が分かってねえんだよ」

「ここは喧嘩などと言う、旧世代の悪しき文化が入り込む場所ではないのだよ。我々のような知性に富んだ人間が己を知るため、深い瞑想を行う修業の場だ」

 パンをかじりながら間少年が言う。

「ミツオ。どうやったら、たかがオナニーをそこまで高尚に表現できんだよ。それと腹減った。パンくれ」

 キドケンが伸ばした手を間少年が降り払う。


「オレもミツオの意見に賛成だ。大体なキドケン。今時オナ禁なんて流行らないんだよ」

「バカ言うんじゃねえよ。これこそ修行だ。良いかよく聞け。これは空手部の先輩から……あれ、柔道部だったか……ボクシング部……?」

 体格が良く、腕っ節の強いキドケンは、学校内の格闘技系の部活全てに一度は所属していた。


「クビになった部活を列挙するなよ。聞いてるこっちが悲しくなってくるぜ」

 間少年の言う通り一度は入部するが、キドケンは全てクビ同然で退部していた。理由は強すぎるから(本人談)。まあ、半分は当たっている。

 真相は生意気なキドケンに先輩達が焼きを入れてやろうと組手や乱取り、スパーリングを吹っ掛けるのだが、強すぎるキドケンに完膚無きままに叩きのめされてしまうのだ。その結果キドケンは居場所が無くなって自ら退部する。ある意味リストラ候補を窓際に追い込んで、辞表を書かせるように仕向けるやり方に似ている。


「とにかくだ、どっかの部活の先輩が言ってたんだよ。『人間は一カ月以上の禁欲を続けるとどうなると思う? 最強の戦士になれるんだぜ』ってな。そんな話聞いたら最強の戦士を目指したくなるのが男ってもんだろ? な、マッド」

「ん……ああ、興味ないなあ。オレは今晩、二次元で抜くか三次元で抜くか、どっちにしようかって問題の方が重要だ」

「そんなんだから、いつまで経ってもぶよぶよなんだよ」

「そう言うキドケンは、禁欲生活何日達成したんだ?」

 間少年の一言に言葉がつまるキドケン。

「二十七時間と五分十六秒にて挫折。あと一息だったんだがなぁ……」

「随分と先の長い一息だな、おい」

 馬鹿にされたキドケンは間少年に掴みかかるが、マッドが真面目な顔でそれを止める。

「話したい事があるんだ。オレ達の秘密の場所にヤバい事態が迫ってる……」

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