第5話:二度目の結婚と裏切り者たち

リヴォニアを手に入れ、皇子イヴァンに続き、皇子フョードルが誕生したことで、イヴァンは幸福の絶頂にいたのですが、アナスタシアが病に倒れてしまいます。

六度目のお産のあとから、体調を崩していた大公妃は、1560年に亡くなりました。


イヴァンは嘆き悲しみ、妻の葬儀では弟に支えられないと、まともに歩けなかったほどでした。


アナスタシアを失ったイヴァンは、疑心に苛まれ、何者かに毒殺されたのだと思いこみます。側近の大貴族たちは、成り上がり者の臣下であるシリヴェストルとアダーシェフを疎んでおり、彼らが暗殺したのだと皇帝に囁くのでした。


おのれの危機を察知したシリヴェストルは修道院に篭り、アダーシェフは指揮官としてリヴォニアの駐屯地へ赴任します。

しかし距離を置くだけでは危機を回避できず、シリヴェストルは孤島の厳しい修道院に終生閉じ込められ、アダーシェフは弁護なしの裁判にかけられ、裏切り者として牢獄へ入れられました。

その二ヶ月後、アダーシェフは獄死します。病気か毒殺かははっきりしていません。

それだけでは飽き足らず、アダーシェフの弟とその一家、そして嫁いだ姉とその一家、友人の老女一家を共犯者とみなして、全て処刑します。


少年時代、大貴族たちの貪欲な争いや裏切りを見て育ったイヴァンは、臣下たちを信じることができませんでした。

皇帝の機嫌を損ねることは最大の罪で、有能な臣下たちが次々と投獄、処刑されてしまいます。修道院へ追いやられるた者も数え切れず、牢獄とともにつねに定員オーバーでした。

結局、イヴァンの周囲には、おべっか使いの側近や馬鹿騒ぎを楽しむ連中ばかりになります。恐怖政治が始まったころから、彼の手にはいつも鉄鈎のついた棍棒が握られていました。気に入らないことがあると、その棒で誰彼問わず殴りつけるためです。


女好きなイヴァンは、アナスタシアの喪が明けないというのに、二度目の結婚をします。新たな大公妃は異民族シルカシアの姫君で、大層な美人でした。ひと目で気に入ったのですが、改宗したマリヤは無知で野蛮で社交嫌いなため、すぐに後悔してしまいます。

こんなことなら、ポーランドの姫君と結婚すべきだった、とイヴァンは思うものの、ポーランド王ジグムント=アウグストにそっけなく断られていました。

そもそも敵国であり、カトリック教徒の妹と結婚したいなど、身のほど知らずだ、とジグムント=アウグストは呆れ、それほど結婚したいのなら、領地をよこせ、と条件をつけます。

当然、イヴァンは激怒し、縁談は消滅しました。


命の危険を感じた大貴族たちのなかには、亡命する者がいました。皇帝に振り回されるのはたまらない、と隣国ポーランドへ数名が逃亡します。

ポーランド王は快く受け入れるものの、条件を突きつけます。それは、ロシア軍と戦うこと。

かつての戦友に刃を向けるのを拒んだ、ある貴族はトルコへ送られ、首を刎ねられたといいます。ただ、ほかの貴族たちは生き延びようと、ポーランド王に忠誠を誓いました。

そのなかでとくに名高いのが、アンドレイ・クルスプキーです。

彼は軍人として数々の功績がありましたが、1562年、作戦ミスをしてしまいポーランド軍に破れ敗走します。これにイヴァンが激怒。クルスプキーはおのれの命が危ういことを悟り、妻と子に別れを告げて亡命したのでした。


クルスプキーはポーランドへ亡命後、ロシア皇帝イヴァンへ手紙を送ります。亡命をせざるを得なかったおのれを弁明するものでしたが、内容はほぼ暴君への非難でした。


ロシアへ多くの勝利をもたらしたのに、その報いが死なのはどういうつもりか。あなたは神にでもなったつもりなのか。私や臣下らがいったい何の罪を犯したというのか。虐殺した者たちが神の御座で復讐を叫んでいる。あなたの軍隊はあなたを守らず、大貴族たちは強欲のために媚びへつらうだけだというのに。


読み上げられた長い手紙に、イヴァンは激昂し、クルスプキーの使者の足に鉄鈎を突き刺します。そして使者はクルスプキー一家とともに投獄され、裏切り者の共犯者として拷問され死にました。


イヴァンはかつての臣下の裏切りをなじる手紙を書きます。クルスプキーはそれに返信。また皇帝を非難。それに応酬するイヴァン。

両者の手紙のやり取りは1564年から1579年という13年ものあいだ、続きました。


※その他世界史コラムは下記のブログに掲載しています。

偉人たちの素顔~世界史コラム

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