カフェにて

 数十分軽口を叩き合っていた俺らだったが、爽やかなせせらぎも相まって体が冷えてきてしまった。駄目元でカフェにでも入らないかと誘うと、藤花ちゃんも寒かったのか了承してくれた。折角だから加山さんのカフェバーに行こうかとも思ったが、藤花ちゃんが寒そうに見えたので近場にあったカフェに入ることにした。藤花ちゃんには風邪をひいたり体調を崩したりして欲しくない。


「藤花ちゃん何か甘いもの食べる?俺、奢るよ」


「んー……じゃあチーズケーキを頼んでもいい?」


「いいよ。……すみません、コーヒーふたつとチーズケーキひとつお願いします」


 店員さんに頼むと、藤花ちゃんが、あ、と小さく声を上げて、店員さんに小さな声でなにかを伝えた。かしこまりました、と去っていく女性店員は少し微笑ましげに笑っていた。暫くして、コーヒーの入った、湯気のたつコーヒーカップがふたつとチーズケーキ、加えてなぜか、チョコレートケーキが運ばれた。藤花ちゃんは、すっとチョコレートケーキの皿を俺に差し出した。


「ハッピーバレンタイン。……今日じゃないし別に本命じゃないけど、奢られっぱなしは癪だから、あたしが奢ってあげる。チョコレート苦手じゃないよね?」


「はは、ありがとう。俺チョコレート好きだよ、美味しそう」


 そんなら良かった、と満足そうに笑う藤花ちゃん。折角なら本命が良かったけど、好きな人に貰えたらやっぱり嬉しいものだ。生クリームが添えられて、白い粉砂糖が少しかかった三角のチョコレートケーキをフォークで切って口に運ぶ。甘くてチョコの味が濃くて、練り込まれたナッツがアクセントになっていて美味しい。指先が冷え切ってしまっていたから、てきとうに店を選んでしまったけれど、この店は当たりだったかもしれない。つやっとしたチーズケーキを幸せそうに口に含む藤花ちゃんも美味しそうにしている。


 可愛い、と思って眺めていると、藤花ちゃんが俺の視線に気付いたようで顔を硬くする。


「なに、食べたいの?」


 思わぬ一言に驚く俺。如何やら彼女を勘違いさせてしまったようだが、俺も甘いものは好きだし、彼女に見惚れていたときに目が合ってしまった恥ずかしさでつい


「えっえっ、あ、うん……」


 と変な返事をしてしまった。


「……いいけど、ひとくち交換だからね」


 食べているのをジッと見られて恥ずかしかったのか、照れ隠しのように藤花ちゃんはチーズケーキを一口分切って、フォークを俺に向けてくる。ぱく、と口をつけてから思った。


 これ、カップルがやる、あ、あーんとかいうやつなのでは……?


 気付いた瞬間恥ずかしくなって、かーっと顔が熱くなる。悟られないように一口大に切り取ってクリームをつけたチョコケーキを彼女に差し出すと、彼女は嬉しそうにそれを食べた。チーズケーキは酸っぱさと甘さのバランスが丁度良くて、食感も軽くて美味しい。


「チョコケーキも美味しい!ここのカフェアタリだったね」


「あっ、あっ、うん!チーズケーキも美味しかった、ありがと……」


「何顔赤くしてんの?」


 この娘はあーんとか関節キスを気にしない質なのだろうか。不思議そうな顔をしている彼女に俺がしどろもどろに関節キス……と言うと、藤花ちゃんはあ……と言った後すぐ、顔を両手で覆ってそっぽを向いてしまった。心なしか耳が赤く染まっている気がする。


「気付かなかった……」


「ごめん!俺も食べてから気付いて……!その、下心があったとかじゃ、ないんだけど」


「末代までの恥……!」


「いや酷くない!?」


 その後はふたりで黙々と自分たちのケーキを食べた。年下の女の子にあんなことをさせてしまったのと、やっぱり女の子に奢らせたくなかったので、藤花ちゃんを押し切って一人で精算を済ませた。


「あたしバレンタインあげたことにならないじゃん」


「なってるよ!チョコケーキ美味しかったしあーんも貰ったし!」


「ばっ……その話次持ち出したらその口縫い付けるからね‼︎」


「表現グロいよ!」


 そんなこんなで楽しい初デート(?)だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る