巣立ち
「あ、話ついたの?あれ、優さんは?」
「置いてきた。だって兄貴俺のこといじめるんだもん」
「だもん、ってあんたね……」
話を持ってかれたら言い出すタイミングを逃しそうなので、真面目な顔であのさ、と切り出す。藤花ちゃんはん?と顔を上げる。俺は簪を取り出して、藤花ちゃんに渡す。
「この前、実家に帰ってさ。藤花ちゃんにお土産、簪なんだけど……」
「へー、なんかきれい……、本物見るの初めて……って、はぁ!?これ、あたしに!?」
藤花ちゃんは心底驚いた様子で、顔を真っ赤に染め上げた。姉ちゃんといい藤花ちゃんといい、反応がおかしくないか?もしかして簪ってプレゼントであげてはいけないものだったのか……?ハンカチとか
「ご、ごめ、あのっ……」
「……あー分かった。マコちゃん、あたし状況全部分かった。深い意味は無いんでしょ?いいよ、ありがたく使わせて貰うから。
……でもさぁ」
「え?あぅ、うん……」
「やっぱなんでもない……」
やっぱアンタばかだわ、と茶化す藤花ちゃん。そのおかげで、その後の俺らはいつも通り、甘くない雰囲気で盛り上がれたのだった。
藤花ちゃん、そういう気遣い上手なところも、好きだよ。
***
洒落たカフェバーのガラス窓越しに、弟のマコトを眺める。マコトは藤花さんになにかを渡して、藤花さんは真っ赤になる。僕の知らないところで、マコトは恋をして、どんどん違う世界に行ってしまう。いつまでも『にいに』って言ってちょこちょこ着いてくるマコトじゃない。頭で分かってはいたけど、認めたく無かったんだろう。
**
「にいに、おかあさんはどこ行っちゃったの?」
「空の向こう側だよ。大丈夫、母さんはいつもマコトのこと見てるから」
「うん……っ」
ひしっと抱きついてくる、涙で顔をぐちゃぐちゃにした、まだ小さかったマコト。僕は誓ったんだ。
母さんの代わりに、マコトにいっぱい優しくしてやるって。たくさん甘やかして、ぽっかり開いた穴を埋めてあげるって。
**
マコトは大きくなるにつれて、どんどん素直に甘やかされてはくれなくなるし、僕のことは鬱陶しいみたいだった。本当は、マコトのためじゃなくて、自分が母さんを失くした寂しさを、マコトで埋めようとしてしまったのかもしれない。
いつまでも、僕の可愛いマコトじゃない。
大人になっちゃったんだ。
「……寂しいことしてくれるじゃん」
僕の呟いた言葉は空に吸われて、マコトには届かない。
僕はマコトの家の冷蔵庫に食材を補充して家に帰った。『がんば☆』とメモを残しておいた。
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