誕生日

「いらっしゃいませ。……って、あ、久しぶりだね藤花ちゃん!」


「あ?おー、そうだね……。てかアンタいつ来てもいんのね。金欠?」


「んー……。どっちかっていうとおカネより藤花ちゃんが足りなくってさ!」


 あー、ハイハイ、と藤花ちゃんが呆れたような顔をする。なんだかいつもより塩っぽい対応をしてくる彼女と自分の感情の昂りの温度差に淋しくなりながら、さっきまで読んでいた細雪ささめゆきの下巻をポケットに仕舞い込む。藤花ちゃんのオーダーを取っていつも通り佐野さんにデザートを頼み、レジスターにデザート代を入れる。


「お待たせしました。キリマンジャロとレモンのレアチーズケーキです」


「なんか当たり前のように頼んでないもの来てんだけど」


「俺の奢り!」


「知ってるわ、ばぁか。まあ、ありがと」


 うわ、美味しそ……と小さく呟く藤花ちゃん。大きな声で言っても良いのだよ……と思いつつも、素直じゃないところさえ彼女らしいというか、可愛く感じてしまう俺は多分末期なんだろう。俺は一度裏に戻り、鞄からお土産の簪を取ってきた。藤花ちゃんの向かいの席に戻ると、彼女はなんだかソワソワしていた。


「如何した?藤花ちゃ」


「……あげる。これ。アンタあれでしょ。今日、誕生日」


 つっけんどんに言われて差出されたのは、細いリボンが綺麗に結ばれた小さな袋だった。


 誕生日?あ……そうだ。今日、俺誕生日だった。


 特に自分の誕生日を言いふらすことをしない俺は、言わずもがな祝われることもあまりないので忘れていたが、そういえば、今朝姉ちゃんと兄ちゃんと父さんから、おめでとうのメールが来ていた。


 一瞬置いて、嬉しさと照れがこみあげてくる。あのときノリで言った誕生日を、大好きな藤花ちゃんが、覚えていてくれて、しかもプレゼントまで選んでくれていたなんて。


「あ、あ、ありがとう!まさか覚えててくれたなんて思って無くて、吃驚しちゃって!」


「別に、アンタがアピールするから覚えてただけだし。……開ければ?」


「うん!」


 リボンを解いて袋を開けると、中から銀に光るプレート……栞が出てくる。犬が彫ってあって可愛い。感動して言葉を失う俺に


「マコちゃんいつも本読んでるじゃん?最初は本にしようと思ったけど、あたし本とかよく分かんないから……。人に手伝って貰ってそれ選んだの」


 と、ぶっきらぼうに言う藤花ちゃんは、少し恥ずかしそうに目を背けた。


「ありがとう藤花ちゃん!俺毎日使うね!絶対大事にする!死んでも失くさない!」


「死ぬくらいならなくせ」


「あはは、冗談だってば」


 にやけが止まらない俺を、「きもい」と一蹴する藤花ちゃんだったが、その表情はどこか優しくて、いつも通り可愛かった。


 不意にお客さんが来たので、藤花ちゃんに声を掛けてから席を立ち上がる。店に入ってきた男性を見て、俺は息を飲んだ。


 長身の、端正な顔立ちのその男は、俺の兄ちゃんだった。確かに、家はそんなに遠くないけど、俺がここでバイトしてるなんて言ったことも無いのに。



 俺が兄を見てこんなに動揺したのには理由がある。


 俺は兄ちゃんが苦手だ。

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